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第16章 親告 / 第149話
アレクも近付いて来たのか、フレアのものよりも大きな手が俺の頭を撫で回し始めた。
「コイツも一つ成長したな」
「そうだね」
フレアも小さく笑う。
『成長した』の意味が分からず、首を傾げてみる。それでもアレクの手の動きは止まらない。
「前は一人で突っ走ってたからな。止めようとしてもどーしようもねぇし」
「うん」
フレアは小さく同意を示す。居心地の悪い沈黙が広がる。
良い加減、アレクの手の感触に嫌気が差してきた。一思いにその手首を掴むと、放り投げる。ついでにアレクの顔を睨んでみる。しかし、返ってきたのはいつもの意地悪な笑みだけだった。
髪を整え、大きな溜め息を吐いてみる。なんだか心が落ち着いた気がする。アレクが狙った結果なのかは分からないが、一応感謝はしておこう。ムスッとした顔を向けて、その黄色の瞳を見詰めた。
「どーした?」
いざ、言葉にしようとすると素直に出てきてくれない。
「……ありがとう」
小さく呟くだけで精一杯だった。すると、何故かフレアが吹き出した。今度は膨れっ面を彼女に向ける。
「急にどうしたの? やけに素直になっちゃって」
「別に、急じゃないし」
「そう?」
俺の言葉に、そんなに違和感があるだろうか。確かにかしこまって礼を言うのは珍しいと思う。それにしても、この反応はあんまりだ。
「俺、そろそろ帰るよ。絶対に、呪いを解く方法を探さなきゃいけないから」
早口で言い、逃げるようにして立ち上がった。
「ロイとサラには上手く言っといて」
「あぁ、任せとけ」
言いながら胸を張るアレクが、一番信用出来ないのだが。それは今は置いておこう。
「じゃあ、また二週間後に」
「あぁ」
いつまでもここに残っていても、時間が勿体ない。アレクとフレアに笑顔で手を振り、早々に会議室を後にした。
目の前には青の家具に白の部屋、窓の外にはちらつく粉雪――サファイアの自室へと辿り着く。既にカイルは佇んでおり、俺の到着を待ち侘びていたようだった。
「クラウ様、おかえりなさいませ」
いつもと変わらない、穏やかな表情がそこにはある。
次はカイルに伝える番だ。勇気を振り絞り、言葉を形にしようと試みる。それなのに、上手くいかない。
「俺――」
「何となく、ですが、察していましたよ」
「えっ?」
疑問符が浮かぶ俺に、カイルは表情を変えない。
「地の塔に行かれたり、水の塔に行かれたりしましたよね。何の力も使われていない、空白の日もありました。何より」
カイルは言葉を区切ると、息を吸い込んだ。
「『解呪の剣』をお持ちでしょう?」
そこまで知っていたなんて。驚き過ぎて、悲鳴すら出ない。
「その剣を使おうとして、アレク様に殴られたのではありませんか?」
「何で……そこまで」
「クローゼットの中に隠してあった解呪の剣を見つけてしまいましたから。ああ、クラウ様はこの方法に賭けようとしたんだろうな、と」
頭は殴られた後のような衝撃を受けている。俺の行動はこんなにもカイルに筒抜けだったのか、と。
「とりあえず、ソファーにでも座りましょう?」
「う、うん」
何とか頷くと、カイルと揃ってソファーに腰を下ろした。膝の上で握っている拳を見詰めているものの、カイルからの視線は痛い程に感じる。
「私は解呪の剣が使われる日が来ることを、何より恐れていました。ミユ様に呪いがかけられた瞬間からです」
カイルは細い息を吐き出した。数秒、間が開く。
「クラウ様が水の塔に近付かなければ良いな、と思っていましたが、無理な話ですよね。塔の主が誰なのか、もうお知りになりましたよね?」
「……神様」
「そうです」
カイルは何度か頭を縦に振り、にっこりと微笑んだ。
「たとえ神様に、他に解呪の方法がないと言われたんだとしても、私は探し出します」
まるで全てを見通すかのような目に揺らぎはない。
「カイルは何を知ってるの? 何を隠してるの?」
「今は止めておきましょう。解呪の方法探しの方が優先です」
俺が知りたいのは『今』なのに。表情で不満をぶつけたが、素知らぬ顔を返されただけだった。
カイルが時計に目を遣るので、俺もつられてそちらを見てみる。針は十二時丁度を指す前、と言ったところだ。
「外出を許可されているのは午後一時から四時まで。もう少しだけ、時間がありますね」
迷いなく立ち上がると、カイルはぺこりと頭を下げた。
「軽めの昼食と紅茶を頼んであるんです。持ってきますね」
「うん……」
締まらない返事をすると、カイルに小さく笑われてしまった。いつもの如く、全力疾走で部屋を去る。
彼は何を知っているのだろう。俺の知り得ない、神に近い何かを使い魔たちは握っているのかもしれない。戸惑う俺を慰める者も、共感を得られる者も、この場には誰もいなかった。せめてミユさえいてくれれば――そんな我儘が叶う筈もなかった。
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