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第12章 サファイア旅行 / 第314話
ガラス専門店を出て、隣の小さな土産屋へと入る。クラウお勧めの場所だ。そこは景色が一変し、白一色に染まる。
「いっぱいあるからさ、好きなだけ悩んで大丈夫だよ」
店の隅から隅まで、所狭しとリボンが並べられていた。よく見てみると、一つ一つ模様が違う。雪の結晶、星、唐草模様、幾何学模様――どれも素敵だとは思うけれど、私が惹かれたのはやはり花柄だった。
「桜はないかな……」
私の好きな、繊細で可憐な花を思い浮かべる。そこで思い出した。以前に、クラウにはサファイアでは桜は咲かないと聞かされていたことを。
ないかもしれないな、と少しだけ肩を落としながら、じっくりリボンを品定めする。
「あれ、あのお二人……元魔導師様……?」
「やめないか、聞こえるぞ」
ふと話し声が聞こえて、顔を上げた。でも、怖くて声の主の方へ振り向くことができない。
「あの方……地の魔導師様でしょ? どうしてサファイアに?」
「ルーゼンベルク公爵家の令息とご婚約しただろう?」
「ああ、そうだった。お二人揃って、いいご身分だこと」
「やめなさいと言っているだろう」
私の耳にも、恐らくクラウの耳にも届いている。本人たちは声をひそめているつもりなのだろう。それだけに、文句を言うことも、注意をすることもできない。
クラウの顔を見上げてみると、声のした方を睨んでいる。それに気づいたのか、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「そんなに怖い顔しないの〜」
先ほどは口を尖らせた私を咎めたばかりなのに。自分だって感情が顔に全て出てしまっている。
クラウは反省の色を見せずに、私の方へ向き直った。
「俺のことはなんて言われてもいいけど……ミユのことは我慢できなかった。ごめん」
謝るべき時に素直に謝れるのは、この人の長所だ。今回は言葉だけ、ではあるけれど。
どちらにしろ、私のことを思ってしてくれたのだ。
「気持ちはしっかり受け取っておくね。ありがとう」
私がにこっと笑ってみせると、クラウは頬を桜色に染めた。
二人で手を繋ぎ、リボンの選定を再開する。桜が駄目なら、他の可愛らしい花を見つけ出すまでだ。妥協はしない。気に入る物を持ち帰りたい。
三十分が経ち、一時間もすぐにやってくる。候補は二つに絞られた。どちらも五枚の花びらで、勿忘草を連想させた。
「う〜ん……」
クラウも文句一つ言わずに、じっと待ってくれている。余計に妥協はできなくなっていた。
「これにする」
花だけのシンプルな模様のリボンを手に取り、クラウの方へと翳した。
「うん、可愛いじゃん。絶対、ミユに似合うよ」
自分自身へのプレゼントを決められた事実ではなく、クラウの笑顔に胸がときめいてしまう。
私が選ばなかったリボンには、花を装飾するために四芒星が散りばめられていたのだ。星がなくても、自分で煌めける。そう願いを込めてみたつもりだ。
会計を済ませると、早速クラウにリボンを結んでもらう。自分では見られない位置にあるのが、ちょっぴりもどかしい。
「やっぱり可愛い」
「そうかな?」
それならよかった。髪を彩るリボンに触れてみるだけで、満たされた気分になる。
店を出て、白い息を吐く。楽しかった一日も、これで終わりだ。日は傾き、空は黄色へと変わろうとしている。
「あ〜あ、あと一日あれば、もっと楽しめたのになぁ」
確かに嫌な思いもした。でも、それだけでは片付けられない。クラウと二人きりで過ごした今という時間が、全て未来での思い出となるのだ。温かくて眩しい一日だった。
「ミユ、気が早いよ。帰るまでが旅行だからね」
「……そんなこと、小さい頃に言われた気がする」
異世界に来るなんて一ミリも思っていなかった遠い昔に、一瞬だけ浸ってしまった。日本はもう帰らないと決めた世界だ。思い出しても仕方がない。
二人でお土産を抱え、馬車に乗り込む。空が紫に変わった時には、スカイブ湖は見えなくなっていた。
「あのさ、改めてだけど、これ」
薄暗がりの中で、クラウから白く四角いものが差し出される。
「これ、何?」
「帰って一人になったら読んで」
察するに、手紙かなにかだろう。頷き、封筒を受け取った。それをカバンにしまい、互いの手をぎゅっと握る。
すっかり夜も更けてしまった頃、馬車はルーゼンベルクの門をくぐった。レオニスやキャサリンは眠ってしまっていて、使用人以外に出迎えはなかった。
クラウと軽い挨拶を交わし、自室の扉を開ける。真っ先にしたのは、やはりクラウにもらった手紙の確認だった。ボルドーの封蝋を剥がし、便箋を開く。
* * *
ミエラへ
今日は旅行に付き合ってくれてありがとう。ちゃんと楽しめたかな。
改めて、今日はミエラに手紙を書こうと思います。
サファイアに連れてきた俺が言うのもなんだけど、あれからつらい目にもたくさん遭ったね。
一つ謝らせて。事件から守り切れなくてごめん。
事件の話を聞いた時は、世界が終わった気がしたんだ。また、俺の目が届かないところで君は傷つけられてしまった。本当に後悔してる。
その事件を忘れさせるくらい、ミエラを幸せにしてみせる。じゃないと、この世界を選んでくれたミエラに合わせる顔がないよ。
いつの日か人生最後の日が来たとしても、笑っていい人生だったって胸を張りたい。リエルとカノンに自慢できる人生にしたい。
ミエラも同じだったらいいな。
最後になったけど、ミエラ。この世界を選んでくれてありがとう。絶対に後悔させない。
世界が敵になったとしても、俺はミエラを世界で一番愛してる。
手紙を読んでくれてありがとう。
クローディオより
* * *
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