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第12章 サファイア旅行 / 第313話
間を置き、クラウは小さく笑う。
「そろそろご飯にしよっか。お腹空いちゃった」
「……私も」
返事をしたところで、タイミングよく私の腹の虫が鳴る。頬が熱を帯びていくのと同時に、クラウはまた笑う。
湖に背を向け、何件かあるレストランのうちの一つに入る。ドアを開けるとベルが鳴り、ウエイトレスが迎えてくれた――のはいいのだけれど、他の客とは明らかに違う反応をされてしまった。
目を見開き、私たちの瞳を見比べる。
「ま、魔導師様……?」
まるで夢でも見ているかのウエイトレスの表情に、こちらが焦ってしまう。周囲のざわめきも消え、その視線は私たちに集中しているようでもある。
「個室ってある?」
「あ、ありますけど……」
「そこに通してくれる?」
「かしこまりました」
クラウが機転を利かせてくれたおかげで、なんとか人目を避けることはできた。テーブルに着くと、二人揃ってため息が漏れる。
他の人と同じように旅行を楽しみたいだけなのに、瞳の色だけのせいでこんなにも人の注目を集めてしまうなんて。エメラルドで隠し通したように、眼帯とオラクルを持ってくればよかっただろうか。
後悔が心の重りに変わっていく。
「ミユ、大丈夫だよ。一人じゃないじゃん?」
「だけど……。私は、クラウが変な目で見られるのも嫌なの」
「俺は……ほら、今までも視線は浴びてた側だから。そんなに気にしてないよ」
そうだ。この人は公爵令息なのだ。幼い頃から身分が違うというだけで、好奇の目に晒されてきたのだろう。何とも言えない気持ちになる。
そこへ先ほどのウエイトレスが足音を響かせながら近付いてきた。
「ご注文はどうなさいますか?」
「イチネンマスの塩焼きランチ二つと、フルーツケーキを二つお願い」
「かしこまりました」
ウエイトレスはもう一度私たちの瞳を見ると、小さくお辞儀をした。彼女が去った後で、口を尖らせる。私の顔を見て、クラウは苦笑いをした。
「ミユ、顔に出てる」
「む~……」
それは自分でも分かっている。でも、クラウが嫌なら仕方がないか、となんとか口をすぼめた。
「イチネンマスって何?」
「さっき、湖で青い魚を見たって言ったじゃん? あれだよ」
なるほど、そういうことか。納得し、「へえ……」と何度か頷いた。クラウはちょっとだけ前のめりになる。
「そういえばさ、今度、令嬢たちだけでお茶会があるんだよね?」
「うん」
リリー主催のお茶会だ。彼女に誘われて、断るはずもない。私が頷くと、クラウは目を細める。
「令嬢たちにお土産でも買っていったらどうかな。ミユの方から皆に入り込むチャンスだよ」
「令嬢たちに……入り込む……」
私が考えつかない発想だった。確かに、友人は作りやすくなるだろう。クラウがそこまで考えてくれていたことに感動してしまう。
「ありがとう。私、やってみるね」
「うん」
胸の前で拳を作ってみせると、クラウは優しく笑ってくれた。
ずっと二人で会話をしていたので、料理が来るまでの時間は長くは感じられなかった。テーブルの前にイチネンマスが置かれると、香ばしい匂いに鼻がひくついてしまう。
焼き魚を貴族として食べたことがないので、テーブルマナーが分からない。カトラリーに手を伸ばしたクラウの動作を真似てみる。
「ここのレストランは、魚の骨を全部抜いてくれてるから。すごく食べやすいんだ」
言いながら、クラウは器用にナイフを入れていく。私もなんとなくナイフを刺すと、すっと身が解れた。これは食べなくても分かる。柔らかくてしっとりとした魚の証拠だ。
口の中に入れてみると、想像と同じようにイチネンマスは甘くてほどよい脂が乗っている。
「美味し~」
「だよね。俺もここの料理は気に入ってるんだ」
クラウの表情も自然と柔らかくなっている。こんなに美味しいのなら、人の視線があってもまた来たいな、と思ってしまう。食べ尽くしてしまうのが勿体ない。でも、残す方が勿体ない。ゆっくりと食べ進め、最後のデザートまで堪能したのだった。
* * *
レストランを出て、土産屋を覗く。私が気に入ったのは、その中でもガラス専門店だった。地球で言うベネチアングラスのような、繊細なワイングラスが売られていたのだ。赤、青、黄、緑――派手な原色から、ピンクや水色といったパステル調のものまで並んでいる。
「これ全部、色違いで買っていったら面白そう」
好みなんて、人それぞれだ。箱を開けた後で交換会が始まったら楽しいだろうな、と想像が膨らんでいく。
「じゃあさ、緑の鳥がモチーフになってるグラスにしたらいいよ。すぐにスカイブ湖だって分かるから」
私の隣でグラスを眺めるクラウも助言をくれた。
「これにしよう」
私が最終的に選んだのは、白いリボンを咥えた緑の鳥が中央に描かれた十二色のグラスだった。ちょうど、お茶会メンバーの人数分だ。
店主を呼び、一つずつラッピングしてもらう。結ばれた白いリボンは、この店独自のデザインであることを後から知ることとなる。
口には出さないものの、店主がちらちらと私たちの瞳を見ていたのは言うまでもないだろう。今度こそ顔に出さないように歯を食いしばる。
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