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第9章 連鎖するモノ / 第125話
こうなると分かっていたら、意地でも元の世界へ帰す方法を模索していたのに。今更、後悔しても遅い。
いつの間にか、涙は枯れていた。昼食を摂っていないことにも気づかなかった程だ。
ぼんやりとした頭で、なんとなく時計を見てみる。ゆうに昼の三時を過ぎている。身体が重くなってしまい、とうとうベッドに寝転んだ。
少しだけ眠ってしまおう。現実逃避かもしれないが、今、出来ることはそれだけだった。
静かに瞼を閉じる。
「ごめん……」
もう流れないと思っていた涙が目尻から溢れた。
ほんの少しだけ夢を見た。
「ノア様」
カイルは間近で俺ににっこりと微笑む。
瞬きをすると、まだカイルはそこにいた。
「レイ様」
今度は俺に向かって苦笑いをする。
また瞬きをすると、カイルは泣いていた。
「ライリー様」
その声はくぐもって聞こえ、視界もぼやけている。
ああ、俺の命はあと僅かなのだな、と悟ったところで目が覚めた。
「おい、クラウ」
先程までカイルがいた場所にはアレクがいた。眉をひそめ、目を吊り上げている。
「夕飯持ってきたぞ。少しでも食え」
ぶっきらぼうに言い放つと、顎をテーブルの方へとしゃくる。
もうそんな時間になってしまったのか。時計を見遣ると、六時を過ぎている。カーテンは閉められ、部屋の明かりも点けられていた。アレクがしたのだろうか。
もう少し寝転んでいたいのに。文句を言いたくなったが、アレクがそうさせてはくれなかった。
「起きねーんなら、嫌でも立ち上がらせるぞ」
「分かった、ちゃんと起きるから」
溜め息混じりに返事をし、伸びてきた手を振り払う。その勢いで上体を起こした。若干、頭がフラフラとする。
「ミユの傍にいなくて良ーのか?」
「そのミユに追い返されたんだよ」
「そーか」
アレクは複雑そうに頭を掻く。
アレクが出ていったら夕飯をいただこう。そう思っていたのに、彼が部屋を出る気配はない。ベッドの傍に突っ立ったままだ。
「フレアは? 放っといても良いの?」
「アイツは泣き疲れて眠ってるんだ。起こす真似はしたくねぇ」
俺を起こしておいて良く言えたなと、小さな溜め息を吐いた。呆れたのか、アレクは腕を組む。
「それより飯食えよ。食い終わるまで、ここに居座るからな」
「脅迫?」
「それに近いもんだ」
益々、溜め息を吐きたくなってくる。しかし、更に不満を露わにしてみせればアレクがどう出てくるか分からないので、前髪を触るのみに留まった。
アレクの気配を気にしながら、軽くはならなかった身体を引き摺ってテーブルに着いた。テーブルの上には湯気の立ち上るリゾット――見た目と香りから察するに、クリームとチーズの味つけだろう。コンソメの匂いも含みながら、湯気を立ち昇らせている。
美味しいのだろう。ただ、食が進まない。嫌々スプーンを手に取り、リゾットを一掬いする。そのまま息を吹きかけ、口の中へと押し込んだ。
「旨いか?」
「分からない」
「おい……」
アレクは肩を落とすが、本当のことを言ったまでだ。あんなことがあった後で、味わって食事をしろと言われても無理がある。
五口、六口食べ、吐息をはき出した。もう、いらない。スプーンを皿に戻すと、首を横に振った。
「オマエ、最近真面に食ってねーだろ。これだけでも食え」
まだ、皿には半分以上残っている。空腹も感じない為、完食は難しい。
アレクの方を見てみれば、腕を組んだままの格好で仏頂面をしている。無言の圧がかかる。
仕方ない、無理にでも食べるしかないか。
再びスプーンを手にし、リゾットを頬張る。何故かは分からない。自然と涙が頬を伝っていた。
「もう無理」
後、二、三口で食べ切れるのだろう。その僅かな量が進まない。静かにスプーンを皿へ落とし、両手を膝の上に置いた。
「しょーがねーか。残して許されるのも今日までだからな」
声にも脅しを含ませ、アレクは溜め息を吐く。スタスタと此方に歩み寄ると、ひょいと皿を持ち上げる。
「しっかり休めよ」
ささやかな微笑みを残し、ドアは閉められた。また、一人きりになってしまった。絶望感と焦燥感が襲い来る。
このままではいけない。何とかして、影と衝突する前に、ミユの呪いを解かなくては。テーブルに両肘を付き、頭を抱える。
“あのさ”
「何?」
焦るあまりに、冷たい物言いになってしまう。
“塔に行ってみようよ。魔法をくれるくらいだから、呪いだって何とかなるかもしれない”
「塔、か」
そうか、その手があったか。リエルに感謝を伝えるのも忘れてしまった。
良い考えを思いついたなら、即行動あるのみだ。一応、アレクにも断っておこう。夕食の片付けをしているのなら、キッチンにいるだろうか。
絶対に何か聞き出してみせる。決意を胸に、部屋を飛び出していた。廊下を駆け、角を曲がり、キッチンの扉を押し開ける。
「アレク!」
「おおっ!?」
皿を洗っていたのだろう。アレクは蛇口から水を出したまま、持っていた泡だらけの皿を落としそうになった。
皿を持ち直すと、きょとんとこちらを垣間見る。
「どーした?」
「ちょっと塔に行ってこようと思うんだけどさ」
「はっ?」
丁度その時、時計の鐘が鳴り始めた。一回、二回――全部で七回、独特の音が響いた。
「明日にしろ」
「なんでさ」
「こんな時間だ。塔のヤツにも迷惑だろ」
俺の体調のことで止めるのなら、拒む理由は出来る。だが、他人の都合を言われると、どうしようもなくなってしまう。
アレクと討論をする元気はない。肩を落とし、部屋へと引き返すしかなかった。
自室へ辿り着くと、ベッドへと潜り込み、明かりを消した。瞼を閉じ、睡眠時くらいは何も考えないようにと思考を閉ざす。それなのに、頭は冴えてしまい、熟睡することは出来なかった。
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