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第10章 諦めない心 / 第126話
朝食を摂ったら、真っ先に水の塔に行こう。重たい瞼を擦りながら、布団の中で溜め息を吐く。
絶対に、ミユの呪いを解く手がかりを聞き出してやる。心に秘めた思いを確認するように、両手で拳を作った。
布団の中にいたとしても、もう眠れはしないだろう。空は既に明るさを取り戻しているのだから。
もぞもぞと起き上がり、カーテンのされていない窓の方へと歩み寄った。雲一つない、澄んだ青空が広がっており、草花も風にそよそよと揺れている。俺の心とは裏腹に、長閑な朝だ。
こうして外の風景を見ていても落ち着かず、シャワーを浴びて気分転換を図ることにした。目覚ましにも丁度良いだろう。ナイトウェアを脱ぎ捨て、鏡の前に立ち、蛇口を捻る。湿気を帯びた熱により、鏡はあっという間に曇っていった。
朝食を摂る前に塔へ行ってしまっても良い。しかし、一応アレクに了承を得たかった。勝手にダイヤを抜け出し、ミユに要らぬ心配を掛けたくない。ただそれだけだった。
一通り全身を洗い流し、蛇口を締める。湯船に浸かることはなく、用意しておいた白い衣服を身にまとった。
時計を見てみれば、七時半――朝食の時間まではあと三十分ある。それまで何をして凌ごう。考えてみたところで、思いつく筈もない。熊のように部屋の中をうろついていた。
時に唸り声を上げ、時に溜め息を吐いているうちに、その時間はやってきたようだ。
不意に、ノックもせずに部屋へと入ってきたアレクと目が合った。
「あ」
互いの声が重なる。
『おはよう』のやり取りもなく、ロールサンドの乗った皿を持つアレクに口を開いていた。
「それ食べたら、水の塔に行ってくるから」
「言われなくても、んなことは分かってる」
アレクの手から皿を奪い、テーブルへと着いた。パンの具がポテトサラダだったことに感謝しつつ、乱暴に頬張る。背後から鼻で笑う声が聞こえた。
「気ぃつけんだぞ」
「うん」
膨らんだ頬で、小さく頷いた。アレクの気配は遠退き、ドアの開閉音が鳴る。
パンは全部で三つだ。全部食べ切らなくては、後でアレクに文句を言われることは分かり切っている。面倒臭い事態は出来るだけ避けたい。無言でコップの水を口に含み、パンを流し込んでいく。
丁度、三つ目のパンを口に入れた頃だった。
“あの子の気配が消えた”
リエルがぽつりと呟いたのだ。
「あの子って?」
“カノンの……”
「ミユのこと?」
“うん”
まさか、ミユの身に何かあったのだろうか。慌てて椅子から立ち上がった。
「影!?」
“ううん、違う。殺気は感じなかった”
では、何が原因で気配が消えたのだろう。
「とにかく、ミユの姿を確認しなくちゃ」
そもそも、リエルがそう感じただけで、実際には何も起きていないのかもしれない。先ずはミユの部屋に行ってみよう。
床を蹴り、直線の廊下を進む。部屋の前まで着くと、急ぎ気味に拳でドアを三回叩いた。
「ミユ、いる?」
耳を研ぎ澄まし、物音を確認する。
返事どころか、何も聞こえない。
「ミユ?」
念の為にもう一度名を呼んだが、それでも結果は同じだ。
「ミユ、入るよ!」
同意を求めるというよりも、叫びに近い。ドアノブに手を掛けて回してみると、すんなりとドアは開いた。中に人影はない。
寝室を見回し、洗面所へ侵入し、トイレとバスルームを覗いても、誰もいない。誰かがいた形跡があるとするなら、乱雑に跳ね除けられた掛布団だけだろう。他に散らかった様子は何もない。
ミユはどこに消えたのだろう。
出逢う前に、一度、部屋を抜け出していた程だ。今回もそうなのかもしれないが、さらわれでもしたのなら――。
頭が回らないまま、部屋を飛び出していた。アレクはフレアの所に居るだろうし、ミユはフレアの部屋には寄りつかないだろう。居室を除き、キッチンや倉庫、会議室の中を見て回ったが、どこにもいない。廊下でも誰ともすれ違わなかった。
この状況と、カノンが呪いをかけられたあの夜の状況が重なる。
あの時も、気づいた時には彼女の姿が忽然と消えていて、奴の手にかけられてしまった。そんなの、絶対に嫌だ。
記憶が頭の中を駆け巡り、俺の思考力を奪っていく。もう、自身の行動すら制御出来ない。叫びたくなる衝動を抑え、三階へと続く階段を駆け上っていた。行く先は使い魔の領域だから、誰かがいる筈もないのに。この時は考えが及ばなかった。
“クラウ、落ち着いて!”
リエルに制止されるまで、息が上がっていたことにすら気づかなかった。階段の途中で足が止まる。
“アリアなら、あの子がどこにいるか分かる筈だから”
失念していた。使い魔は主の居所を即座に察知出来ることを。
そうと分かれば、ここにいる必要はない。すぐにアリアの元へと向かおう――と思ったが、もう一つのミユの部屋を思い浮かべられない。エメラルドの彼女の居室には立ち入ったことがないのだ。一度行ったことのある場所でなくては、ワープは不可能だ。
他に方法はない。カイルに頼もう。サファイアの自分の部屋を思い浮かべ、転移を試みる。
浮遊感とともに降り立ったのは、紛れもなく俺の部屋だ。部屋の中心から窓を眺めても、凍りついた窓からここがダイヤではないことは分かる。
「カイル!」
息を整える間もなく、ドアへ向かって叫ぶ。数分も経たず、あの慌ただしい足音が聞こえてきた。それまでの時の流れが、酷く遅く感じられた。
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