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第8章 リインカーネーション / 第353話
トファーはあからさまに不機嫌になってしまった。サフィールと目を合わせようとはせず、立ち上がる。
ガルニアは上目遣いでトファーを見た。
「どこに行くの?」
「ちょっと部屋に戻る」
それだけを呟くと、トファーは会議室から出ていってしまった。何を話していいか分からず、湯気の消えてしまったトーストに視線を落とす。
「エルヴァさん、それ食べちゃいなよ」
「うん……」
オーリに急かされ、トーストに手を伸ばす。バターを塗って口に入れてみたものの、味が分からない。仕方なく、水で流し込むしかなかった。
食べ終えると小さな息を吐き、ミユの話を思い出す。私の生まれ変わりである、数十年後の貴女へ。それが何を意味しているのか――。
「サフィールは、それで納得してるんですか?」
「何が?」
「前世の話」
ラジエルはサフィールを見詰め、口を引き結ぶ。私を跨いでそんなことをするので、どうしていいのか分からなくなってしまう。両手を膝の上に乗せ、サフィールとラジエルを交互に見てみる。
「納得するっていうよりも、納得せざるを得ない」
「サフィールの気持ちはどうなんですか?」
「気持ち……?」
サフィールは視線を横に流し、「うーん」と唸り声を上げる。
「前世が分かったところで、俺は何も変わらないから……」
すると、サフィールと目が合った。彼の頬がほんのりと桜色に染まる。
「い、いや……。ちょっとは変わるの……かも?」
「どっちなんですか」
「ラジエル、それ以上突っ込むのは禁止」
口を尖らせるサフィールに、ラジエルは小さな溜め息を吐いた。
サフィールは私の何に反応しているのだろう。少し考えたところで、すぐに結論に行きついた。私とサフィールの前世と思われるミエラとクローディオは結婚していた。そう、結婚――。
私たちの関係がすぐに変わるわけではない。でも、一度意識してしまうと思考の渦から抜け出せなくなる。私はサフィールのことが好きなのかどうかも分からないのに。第一、サフィールは王子様だ。私がつり合う相手ではない。
頬が熱を上げたので、サフィールから視線を逸らしてみる。
「これは厄介なのかもしれないね……」
私たちの反応を見て、オーリはぽつりと呟いた。
「ガルニアも覚悟をしてた方がいい」
「うん……」
サフィールに頷くガルニアに、やはり意味が分からなくて首を傾げてしまった。
「トパーズのブラストン伯爵家、だっけ。そこには何があるの?」
「最初の風のトライドールと火のトライドールが住んでたって思われてる家だよ」
ガルニアの説明に、頭を働かせてみる。確か、昨日聞いた名はアレックスとフローリアだ。男性と女性――ミエラとクローディオと同じように、結婚していた可能性はある。しかも、トファーとガルニアが彼らの生まれ変わりだとする物証が出てこようものなら、私たちと同じように混乱へ陥るだろう。
サフィールは眉間にしわを寄せ、小さな唸り声を上げる。
「それで、俺の夢の話に戻るんだけどさ。仮に、俺の夢に出てきたのがクローディオだと確定しよう。で、どうしてエルヴァを助けろって言った?」
「それは……以前の結婚相手を救いたかった……から?」
ガルニアの答えに、サフィールは口をへの字に曲げた。
「違う。俺に何を求めてるのかって話だよ。あいつは、俺に自分と同じ道を歩んで欲しいのか? それとも、何か別の目的があるのか?」
サフィールの疑問に、私も唸り声を上げてしまう。私なら、来世には自由に生きて欲しいと願う。でも、それは私の話であって、クローディオも同じなのかどうかは分からない。
「……戦争」
ラジエルがぽつりと呟いた。
「戦争を止めるには、きっとエルヴァの力が必要なんです。だから、救助を願い出た。そう考えるのが自然なのでは?」
「私がいなかったら、戦争は止まらないってこと?」
「確定はできませんが……。仮の話として受け取ってください」
「うーん」
今度は私とサフィール、ガルニア、そしてオーリが唸り声を上げた。
「考えたところで結論なんか出ないって。ちょっと頭を冷やそう」
オーリは立ち上がり、窓へと足を向ける。
「みんな、見てみなよ。今、海の上を飛んでる。上も下も真っ青だ」
「海……」
私が見たことのないものだ。オーリの隣に走り寄り、眼下を眺めた。遠目でも白波が立っているのが分かる。この海の色は、どこか涙を連想させる。一体、誰のだろう。そこまで考えて、目が眩んでしまった。後方へ倒れるようにしてしゃがみ込む。
「エルヴァ! 大丈夫?」
「うん」
倒れないで済んだのは、サフィールのお陰だったようだ。私の両腕を掴み、支えてくれている。そして、その瞳を見てしまった。氷のように透明な青い右目と、海のように深い青の左目――。この左目の色は知っている。私の記憶ではなく、遠い誰かの記憶だ。その海色から目が離せなくなってしまった。
サフィールは頬を赤く染め、瞳を揺らす。
「エルヴァ。そんなに見詰められたら照れるって」
「ご、ごめんなさい……」
はっと我に返り、体勢を立て直す。私は何を考えていたのだろう。
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