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第6章 接点 / 第347話
憧れと同時に、ちょっとした怒りが湧いてくる。
この人は自分がしたことで、どれほどのトライドールが苦しんできたのかを知っているのだろうか。日記帳を握り潰すわけにもいかず、代わりに奥歯を噛み締める。
「……おい、ちょっと来てくれ」
トファーの震える声が聞こえ、振り返った。トファーはガルニアと二人で、大きな一つの額縁を支えている。
「これ、五百年前の肖像画……なんだよな?」
「ええ。間違いありません」
トファーの問いに、ルーゼンベルク公爵が答える。
「どうして……エルヴァとサフィールが描かれてるんだ?」
「えっ?」
サフィールも眉をしかめ、資料漁りを止める。そのまま腰を上げた。
トファーとガルニアはゆっくりと移動し、私たちに見せるように棚へ肖像画を立てかける。サフィールの隣に移動しかけたところで、私の身体は硬直してしまった。
そこには椅子に腰かける上流貴族の女性と、椅子に手を掛けて微笑む男性が描かれていた。古いもののため、ところどころ絵の具が欠けている。問題はそこではなく、顔なのだ。女性は私にそっくりだし、男性はサフィールにそっくりだ。違いと言えば髪型と右目の色くらいだろう。女性は焦げ茶の長髪に緑と焦げ茶の瞳、男性はショートカットの金髪に青と銀の瞳――そこで、牢屋で見たあの夢がフラッシュバックする。
「……こいつだ」
同時にサフィールが声を絞り出す。
「俺が夢で見た……エルヴァを助けろって言った男は……こいつだ」
サフィールの腰がストンと落ちた。
私は夢で男性の後ろ姿しか見ていない。私にはこの人だと断定する材料がない。
「それは五百年前に実在した、最初の水と地のトライドール……クローディオとミエラだとされています。二人とも短命で当主にはならなかったそうですが、その血は私の代まで流れています」
公爵に言われて、肖像画と公爵を見比べてみる。その柔らかな目元はどこか似ている気もする。
「サフィール殿下とそこのお嬢さんを見て、私も驚きましたよ。小さい頃に見た、歴史的資料の人物が目の前にいるんですから」
公爵は空笑いをし、私とサフィールを交互に見た。
オッドアイだけではない。もしかすると、私とミユには別の繋がりがあるのかもしれない。初めて、私自身という存在そのものに疑問を抱いた瞬間だった。
手にしていた日記に目を落とし、さらに読み進めていく。
* * *
十一月十四日
明日はクローディオの誕生日! プレゼント、喜んでくれるかなぁ。フォーマルスーツの裾にカサブランカを刺繍してみたんだけど……。派手過ぎないかなぁ。ちょっとだけ心配~。
十一月十五日
今日はクローディオの誕生日会をしたよ~! みんなも来てくれて、盛大なパーティーになった~! また来年も……あったらいいな。
十一月十六日
クリスティーンとミハイルと一緒に雪だるまを作った~。ちょっと動いただけなのに、息切れがしちゃった。考えたくないけど、終わりが近いのかも……しれない。
* * *
文字の最後にはインクの滲みができていた。これは、涙の跡、だろうか。この人なりに、苦しんで生きていた――そんな気もする。
ここで、はっと思い当たった。サフィールが見た夢と私が見た夢の男性が同一人物でクローディオなら、その隣で揺れていた女性がミユなのではないかと。
サフィールと話そうと彼に近付こうとした時、廊下から誰かの足音が聞こえてきた。そして、部屋の扉が開かれる。
「イルシオン、どなたかいらっしゃっているのですか?」
突然現れたのは、栗色の髪に銀の瞳の女性――公爵夫人だろうか。公爵は立ち上がり、女性に微笑みかける。
「ああ、いま、資料を見せ――」
「きゃあっ!」
私たちを見た女性は、何故か悲鳴を上げる。
「どうしてトライドールがこんなところに……!? 出ていってください!」
「そんなに慌てなくても――」
「トライドールが出入りしていたとなれば、ルーゼンベルクがどんな目で見られるか分かっているのですか!? 余計に、排除派に目の敵にされます!」
女性は捲し立て、キッと目を吊り上げる。
「出ていってください!」
有無を言わせぬ剣幕だ。座っていたサフィールをトファーが起こす。私の所にはガルニアがやってきた。追い立てられるままにガルニアと手を繋ぎ、サフィールとトファーの後ろに続く。左目を隠せないまま、エントランスから放り出されてしまった。
「もう来ないで!」
扉は固く閉じられる。
「……おい! 左目を隠せ!」
トファーは慌てた様子で黒い布を胸元から引き摺り出す。私も後ろへと流れていた髪を前に流し、左目の前で下ろした。サフィールとガルニアもそれに倣う。私たちは気持ちの整理もできないまま、夕闇の街へと出るしかなかった。
「帰りも二手に分かれるぞ。真夜中に正面突破する。十二時の鐘が鳴ったら、門の前に集合な」
「分かった」
サフィールが返すと、トファーとガルニアは笑顔を見せて私たちに手を振る。
「また無事に会おうね!」
ガルニアが言った何気ない言葉が、胸につかえて離れなかった。
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