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第6章 接点 / 第346話
数分も経たずに、当主らしき人は姿を現した。艶のある短い黒髪に、円らなブルーグリーンの瞳――四十代前後だろうか。公爵の位をいただいているだけあって、歩いているだけでさえ落ち着きや威厳が違う。
私たちの前で止まると、その人は僅かに目を吊り上げた。
「……このような場所に何用で?」
「魔導師の痕跡を探しに来た」
トファーはいつもの大雑把さを消し、丁寧に言葉を紡いでいるように見える。しかし、それもルーゼンベルク公爵の前では付け焼刃だ。相手の方が一枚上手だった。
「残っているとお思いで?」
私たちの希望を一言で潰してくる。トファーでは話が通じないと思ったのか、サフィールが私たちの一歩前へと出る。
「残っていると思っているから、ここまで来た。俺たちの苦労をなかったことにするつもりか?」
威厳ではルーゼンベルク公爵に引けを取らない。サフィールを見たルーゼンベルク公爵の目が僅かに揺れた。
「……サフィール殿下、ですか。とりあえず、応接間で話しましょう」
やはり、王子という存在は大きいらしい。執事を従え、公爵は廊下を行く。
「行こう」
サフィールが呟くと、ようやく私たちも足を動かし始めた。廊下にも調度品が並べられ、絵画も飾られている。ところが、肖像画の類は見当たらない。不思議だな、と思いながら応接間へと通された。
「そちらへお掛けください」
ルーゼンベルク公爵が手で指し示したソファーへと腰を下ろす。私とサフィール、そして角を持ってトファーとガルニア、私とサフィールの対面にルーゼンベルク公爵といった具合だ。公爵は咳ばらいをし、私たちの顔を一人ずつ見比べる。
「率直に言いましょう」
公爵は間を置き、すっと息を吸い込んだ。
「痕跡はあります。それも、しっかりと」
公爵の言葉に、ガルニアが小さな歓声を上げる。しかし、公爵は浮かない表情になってしまった。
「私のブルーグリーンの瞳が見えるでしょう? それは最初の水のトライドールと地のトライドールが遺したものだ、と伝わっております」
どういう意味だろう。私が小さく首を傾げると、公爵は口を引き結ぶ。
「青と緑が混ざったこの瞳は、私が彼らの子孫だ、ということを強烈に伝えてくる。私には、それが呪いだとしか思えないのですよ」
何故、この屋敷には肖像画がないのか、ほんの少し理解してしまった。公爵は自分の瞳が嫌いなのだろう。ある意味、私たちと同じだ。
重苦しくなってしまった空気をサフィールが変える。
「貴方は祖先が恥だと?」
「恥、とまでは言いませんが……。私が受けるには余りある歴史です」
「いい意味で? 悪い意味で?」
サフィールが詰問すると、公爵は視線を落とす。
「悪い意味で」
公爵の一言で、彼がトライドールをどのように捉えているのかは分かった。ルーゼンベルク公爵家に長居はすべきではないのかもしれない。
私がサフィールに視線を送ると、彼もまた頷く。
「資料は何か残っているのですか?」
「ええ。一部屋に全てまとめてあります」
「見せてください」
サフィールが何とか話を収束させ、次の部屋へと移動する。資料室とされた部屋は二階の一室にあり、カーテンすら開けられていなかった。ぎっしりと並んだ棚には、幸いにも埃は被っていない。手入れは一応されているようだ。
「資料を見て、分からないことがあれば私に聞いてください。先代から聞き及んでいますので」
公爵は部屋の隅に移動し、椅子に座る。
「お言葉に甘えて、拝見させていただきます」
サフィールが公爵に軽く頭を下げると、公爵は慌てて首を横に振った。
この中に何が隠されているのだろう。棚の中から私が手に取ったのは、皮の表紙がついたノートだった。表紙にはタイトルも、日付も書かれていない。
表紙を捲ると、隅が日焼けした日記が姿を現した。丁寧に扱わないと破れてしまう。息を詰め、ページを捲っていく。
* * *
七月十五日
今日はクリスティーンとミハイルが元気に外で遊んでた! 二人が作った雪だるま、可愛かったな~。
明日は私も混ざっちゃおう!
七月十六日
雪だるま作りに混ざろうとしたら、雪合戦になっちゃったよ~。そしたらクローディオも混ざってきて、親子対決になっちゃった。クローディオも本気出すから、ミハイル泣かせちゃうし……む~……。
七月十七日
昨日のお詫びに、ミハイルに刺繍刺してあげることにしたよ。モチーフは馬車。喜んでくれるといいなぁ。
もちろん、クリスティーンにも刺繍あげるんだ!
* * *
「これ、誰の日記……?」
ただの他愛のない母親の日記だ。でも、ただの日記ならここに残されている意味が分からない。
「あの……」
ルーゼンベルク公爵の所へ日記帳を持っていき、表紙を見せる。
「これ、何のために残しているんですか?」
私が聞いてみると、公爵は僅かに眉間にしわを寄せた。
「それは……最初の地のトライドールの日記、ですね」
「最初の地のトライドール……」
「名はミエラといいます。魔導師だった頃の名はミユかと」
「えっ……」
私の中で、またしてもあのミユからの手紙が頭を過った。
魔導師であることを捨て、トライドールとして堕ちた人が、こんなに幸せな生活を送っていたなんて。私には想像がつかない。想像もできない世界だ。
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