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桜花の光彩 第1章 幽閉 / 第332話
私は今、騎士に囲まれてエメラルド城にある幽閉の塔へと歩かされている。理由は元魔導師とされるオッドアイを持っているから、ただそれだけだ。
五百年前に起きた、エメラルドの大震災――その原因が魔導師だったと唱える排除派と、魔導師がいたおかげで震災がエメラルドだけで済んだと捉える温厚派の狭間に立たされ、裏切り者――トライドールと呼ばれる始末だ。
両親は私をひた隠しにし、外へ出すまいとした。しかし、使用人の一部が国へ密告し、今に至る。
ついに塔へ続く跳ね橋が渡され、太陽が照らす、強風が吹くその上を歩くことになった。私が渡ると、跳ね橋は戻される。
「エルヴァ様、逃亡は考えられませんよう」
跳ね橋の向こうで、騎士が冷たい声を張る。
逃亡なんてできはしない。この塔には、外に出る扉がないのだ。私はここで果てるしかない。
話す相手も存在せず、ひたすら階段を上る。ところどころに灯る松明の明かりだけが頼りだ。
その階段の途中で古びた木製の扉が飛び込んできたのだ。私の部屋は塔の頂上と聞かされている。
私を止める者は誰もいない。躊躇いながらも扉に手をかざし、押し開ける。
そこはほの暗い不気味な場所だった。果てしなく遠い天井から吊るされた、古めかしいシャンデリアに火が灯る。
壁に飾られた無数の絵画に目をやると、血の気が引いていくのが分かった。何故なら、同じ顔、顔、顔――髪型や服装は皆違うけれど、私とそっくりな顔の肖像画が並んでいるのだ。よく見てみれば、緑色の瞳に、額には緑色で雫の形をした石が描かれている。
恐ろしくて、一歩一歩、後退る。と、その時だった。
「痛っ……!」
一枚の絵画に背中から激突してしまったのだ。衝撃で、その絵画は床に落ちてしまったらしい。額縁と床がぶつかる音がしたのだ。
振り返り、しゃがみ込んで恐る恐るその絵画を持ち上げてみる。額縁の中には正面を向いて、飛び切りの笑顔を浮かべた人物――右下には、カノン・デュ・エメラルド――六百年前に悪を倒した英雄と呼ばれる魔導師の名が刻まれていた。
この人がカノンなのか。私と同じ顔をしたこの人が。震える手で、元あった場所へと飾り直す。その横には憂いを帯びた横顔を向ける人物――カノンと同じように、右下にはミユ・デュ・エメラルドと記されている。五百年前に地震を起こしたかもしれない、災害を抑えたかもしれない人の名だ。
他にも、エリー、ソフィ、ティナ――様々な名前が記されている。
嫌だ。気持ち悪い。こんな場所から早く抜け出したい。一目散に扉へと近付き、両手を突き出す。開かれた扉の先には、一人の女性が佇んでいたのだ。
「きゃっ!」
私が悲鳴を上げて腰を抜かしても、女性は微動だにしない。
「エルヴァ様、ですね?」
松明に照らされたその髪は茶色に揺らめき、ヘーゼルナッツ色の瞳で私を見る。
「貴女は……誰?」
「アヴェリンと申します」
女性――アヴェリンは私に近付くとしゃがみ込み、そっと手を差し出した。受け取る勇気はなく、自力で立ち上がる。すると、アヴェリンは苦笑いをし、自身も腰を上げた。
「お部屋へ参りましょう」
このアヴェリンという人が私の監視役らしい。食事の用意や衣服の準備はアヴェリンがしてくれるのだろうか。それならば、アヴェリンが城の者たちと接触を図っている時に、塔を抜け出すチャンスが訪れるかもしれない。
したたかな企みは胸の奥にそっと仕舞い込み、ぐっと口を引き結ぶ。
足がくたくたになるまで階段を上り、頂上階へと到着する。開けられたドアの先は、緑一色の調度品が置かれた部屋だった。人が生活するには少し広い、一人では寂しさの増すような部屋だ。
「何か御用がありましたら、その赤いブザーを鳴らしてください。十分もすれば駆け付けますので」
アヴェリンは出入口のドアの横に取り付けられた、小さなボタンを指し示す。
「分かった」
それ以外には言う言葉が見つからなかった。
アヴェリンは礼をすると、一瞬の笑みを見せて部屋を去ってしまう。少しくらい話し相手になってくれてもいいのにとは思うものの、アヴェリンが温厚派であるとは限らない。排除派であるのなら、食事に毒を盛られてもおかしくはないだろう。
「う~ん……」
私はいつまで持ち堪えられるのだろう。最悪、明日には命がないかもしれない。
そんなのは嫌だ。バルコニーを見つけ、そちらへと駆け寄った。地上から離れているのは分かっている。でも、もしかしたらロープなんてぶら下がっていないだろうか。そこから地上へは降りられないだろうか。
赤い屋根が連なる下界の街並みなんて気に留めることもなく、手摺りや床をくまなく探す。しかし、ロープどころか、塵一つ残ってはいなかった。がっくりと肩を落とす。
「私、これからどうなるの……?」
悲観しそうになったけれど、ここで感情を零しても状況は変わらない。脱出できるその時まで涙は流さない。そう心に決め、ぐっと拳を握った。
私を取り巻く環境がさらに変わりゆくなんて、この時は想像もしていなかったのだ。
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