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桜花の光彩 第1章 幽閉 / 第333話
この部屋にいたとしても、何もすることがない。適当に本棚を探し、一冊ずつ表紙を確認していく。
『美味しかった料理ベストテン! 著、キーラ・デュ・エメラルド』『私が選んだ茶葉! 著、セリン・デュ・エメラルド』『シャンプー徹底解説! 香りから使用感まで書くよ 著、ヘレナ・デュ・エメラルド』――どれも私の興味を引く内容ではなかった。しかし、問題は著者なのだ。この名は、代々魔導師にだけ受け継がれていた苗字だと聞く。
この塔はただの幽閉塔ではないのかもしれない。生唾を呑み込む。手にはしっとりと汗を掻いている。
洋箪笥を開けてみれば、編みかけの手袋やレースのモチーフ編み、刺繍なんかも入っていた。ここで、他の誰かが生活をしていた――そう考えて間違いない。
眩暈がしてくるような気がして、ソファーに腰掛けた。背凭れに身体を預け、大袈裟に溜め息を吐いてみる。
ふと、テーブルに目が行った。真っ白の紙には、何やら文字が書かれているようだ。
何が書かれているのだろう。その紙を取り上げ、丁寧に書かれた文字を読んでいく。
* * *
私の生まれ変わりである、数十年後の貴女へ
突然こんな手紙を見て、戸惑ってるよね。ごめんなさい。
私は貴女に伝えたいことがあります。どうか、スティアに争いが起こったなら、貴女の手で止めてください。貴女には三人の仲間がいます。三人を探し出して、協力して、争いのない世界を創ってください。
仲間には絶対に逢えるはず。信じて。
最後の地の魔導師
ミユ・デュ・エメラルド
* * *
「何、これ……」
誰かの悪戯だろうか。五百年前の、私がここへ閉じ込められた原因になった人からの手紙なんて。しかも、色褪せずに残っているなんてありえない。内容だって、生まれ変わり、争い、三人の仲間――さっぱり意味が分からない。
気持ち悪い。肖像画の部屋で抱いた感情が再燃し、その手紙を裏返しでテーブルに戻していた。立ち上がり、ブザーを鳴らす。
問い質さずにはいられない。誰が、いつ、何の目的でこんなものを置いたのだろう。本来は花が生けてあるであろう花瓶には何も入っていないし、嫌がらせとしか思えない。
軽快な足音が聞こえてきたところで口をへの字に曲げ、立ち上がった。すぐにアヴェリンが顔を覗かせる。
「エルヴァ様、お呼びでしょうか?」
「貴女たちは、そんなに私が憎いの?」
震える声を絞り出す。しかし、アヴェリンは目を瞬かせるだけだった。
「何の話でしょう?」
「テーブルに置いてある手紙を読んでみてよ」
私がテーブルを指差すと、アヴェリンはちょこちょことそれに歩み寄る。手紙を読むと、目を丸くした。
「私には、これが何のことなのか……」
アヴェリンは首を横に振り、手紙を元の位置へ戻す。
「……っていうか、貴女、温厚派なんでしょうね。私を殺そうって根端は?」
「そんなものありません! 城の者は、みな温厚派で知られていますし」
本当にそうだといいのだけれど。口には出さず、目でアヴェリンに訴えてみる。
「ご用はそれだけでしょうか?」
「……うん」
「では、失礼いたします」
アヴェリンはちょこんと礼をし、話をする間もなく帰ってしまった。ドアが閉まると、一気に静かになる。地上の音も聞こえない。
水差しもあったけれど、私も死にたくはない。口にする決意はできず、乾いていく喉を唾を飲んで耐えるしかなかった。
とにかく、今すぐに行動は起こせない。今は力を蓄える期間だ。ベッドへと移動し、瞼を閉じる。すぐに夢の世界は訪れた。
何を夢に見たのかはぼんやりとしか覚えていない。私に似た少女と、金髪の青年が微笑み合っているような、胸が温かくなる夢だったのかな、と思う。
ただの妄想が引き起こした夢だろう。ぼんやりとした頭で頭を掻き、ベッドから降りる。夜になったのか。部屋の中は辺りが灯されている。それに、コンソメの香りも鼻に届く。
テーブルの上を見てみれば、湯気の立ち上るグラタンとコーンスープが置かれていた。食べても――大丈夫なのだろうか。
シルバーのスプーンをグラタン、そしてスープに刺してみる。毒が入っているのなら、黒く変色するはずだ。
そういえば、よく考えてみれば分かる。私を人知れず殺すのならば、飛空船で移動していた時に高山の上で私を突き落とせばよかったのだ。それなら、今すぐ私をどうにかしようということはないのだろうか。
向かいの席に座る、締まりけのない顔の黄色い動物のぬいぐるみに唸り声を上げ、恐る恐るちょびっとだけグラタンを齧ってみる。
美味しい。
舌には苦味も痺れも残らない。毒は入っていないようだ。最初は少しずつ、最後はがっつくようにグラタンとコーンスープを食べていた。空になった皿を見て、もう少し食べたかったな、と心の中で文句まで言えるようになった。
夜は何をして過ごせはいいのだろう。毛糸やレース糸はある。刺繍糸もある。私がここに閉じ込められていた証を残してもいいのかもしれない。
緑の毛糸玉と棒針を洋箪笥から引っ張り出し、テーブルに転がした。その時、異音が聞こえたのだ。プロペラが回転するような、機械音が。
それは聞き間違いではなかったらしい。
「君!」
バルコニーの向こうには、小型の飛空艇――そこから身を乗り出し、私に手を差し出す謎の黒髪の青年がいた。
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