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第8章 味方 / 第300話
リアナは数日で仕事に復帰した。もう少し休んで欲しいと頼んだけれど、穴はあけられないと断られてしまった。
ルーゼンベルク全体が疑心暗鬼になってしまい、私がこの屋敷にいることは極秘事項になっている。家庭教師はクラウの家族が行ってくれることとなった。王侯貴族の構成はレオニスが、ダンスはキャサリンが、作法と裁縫とスケートはヒルダが、乗馬と護身術はクラウが先生だ。
今日は午後から来客があるらしい。時計を見ると、午前十時過ぎを差している。誰にも見つからないように、部屋に籠らなくてはいけない。リアナに借りた『白いリボンと緑の鳥』を膝に置き、うーんと伸びをする。僅かに右腕ズキリと痛む。
「どれくらいでこの傷は治るんだろう」
口を尖らせ、鼻から息を吐く。
こうしていても気持ちが塞いでしまう。本でも読んでみよう。深緑の表紙に手を伸ばし、一枚ずつ捲ってみる。左ページには水彩で儚いイラストが描かれており、右側に文章が載せられている。
* * *
緑の鳥は幸せを運ぶため、今日も白いリボンを咥えて空をはばたきます。
足に黒いリボンを結ばれているのにも気付かずに、あの女の子に幸せを運ぶために。
女の子の元に辿り着くと、緑の鳥は白いリボンを離しました。
リボンはハラハラと舞い降り、女の子の目の前に落ちました。
でも、女の子はそのことには気付きません。
緑の鳥が白いリボンを運んで何日が経ったでしょう。
白いリボンに気付いた女の子は、落ちていた白いリボンを拾い上げます。
そして、女の子はその持ち主を探し始めました。
女の子は必死に人々に話しかけます。
話し掛けられた人々は、揃って首を横に振りました。
この白いリボンは誰の物なのだろうと、女の子は立ち尽くします。
そこへ一人の少女が女の子の前に現れました。
泣きじゃくる少女に女の子は声を掛けます。
どうしたの? 何があったの?
でも、少女は何も答えません。
何とか少女を笑顔にしたくて、女の子は白いリボンを少女の髪に結んであげました。
少女は泣き止み、女の子を見詰めます。
これ、本当に貰っていいの?
少女は聞くと、女の子は頷きました。
少女の顔にぱあっと笑みが戻っていきます。
それが女の子は嬉しくてたまりませんでした。
みるみるうちに少女は笑顔になりました。
お礼も言わずに女の子の元を去っていきました。
でも、女の子は文句も不満も言いません。
少女が笑顔になれたのなら、私も幸せだと言って。
緑の鳥は諦めません。
本当に幸せにしたいのは女の子だからです。
足に結ばれた黒いリボンを気にも留めず、湖の上をはばたきます。
ただただ白いリボンを女の子に届けたい、それ一心で。
しかし、緑の鳥を阻むものが現れます。
足に結ばれた、あの黒いリボンです。
黒いリボンは緑の鳥の身体や翼にも絡み付き、緑の鳥は身動きが取れなくなってしまいました。
そんな時、あの女の子が緑の鳥の方へと歩いてきたのです。
助けるね。
女の子は緑の鳥に近付き、黒いリボンを解こうとします。
何度も指を絡め、引っ張りますが、黒いリボンはびくともしません。
それでも女の子は諦めませんでした。
時間は経ち、緑の鳥は元気を失っていきます。
もういいよ。
緑の鳥は女の子に感謝を伝えます。
女の子は一粒の涙を流しました。
涙は大地に触れ、光が緑の鳥を優しく包み込みます。
ここまでなのかな。
緑の鳥が瞼を閉じようとした時です。
前方に何かが現れたのでした。
それは青い鳥でした。
青い鳥はカサブランカを緑の鳥にプレゼントします。
みるみるうちに、緑の鳥は元気を取り戻しました。
黒いリボンはもうありません。
女の子の手には白いリボンがあります。
ありがとう。
緑の鳥は青い鳥に伝えますが、その姿は二度と見られませんでした。
* * *
「ミユ」
不意に声を掛けられ、肩が飛び跳ねる。その拍子に本を床に落としてしまった。足音に振り向いてみれば、クラウがこちらに微笑みかけている。
「もう、入るならノックしてよ~」
「したんだけどな。気付かなかった?」
「うん」
それだけ本の世界に入り込んでいたのだろうか。本を持ち上げようと手を伸ばすと、先にクラウに拾われてしまった。その顔が僅かに曇ったような気がする。
「これ、『白いリボンと緑の鳥』だよね。俺……この本、好きじゃないんだ」
「どうして?」
クラウの手から本を受け取りながら、首を傾げてみせた。
「だって、緑の鳥が悲しいじゃん。こういう話は……ちょっと」
ハッピーエンドのようであり、バッドエンドのような、そんな終わり方が好きではないのだろうか。本をそっと撫でてみる。
「そうだ。これから乗馬の練習してみよっか」
「いいの?」
「うん。最初は餌をあげるだけだけどね」
クラウが手を伸ばしてくれるので、本をソファーに置いて立ち上がる。今日は外が寒いだろか。窓の外を見てみると、雲一つない青空が広がっていた。寒冷地は晴れの日が寒い。心して馬舎へ向かおう。
クラウと手を繋ぎながら一階の広い廊下を歩く。使用人もお辞儀をしてくれて、いつも通りのはずだった。しかし、突如として見知らぬ人物が角を曲がってきたのだ。
長い銀髪の――キャサリンやヒルダではない。男性だ。クラウのような貴族の準正装を身に着けている。
「スチュアート?」
クラウは呟くと、さっと私を自身の後ろに隠した。
スチュアートとは誰だろう。背中から覗き見るわけにもいかず、会話を盗み聞きする形になってしまう。
「スチュアート! 今日は午後から来る予定じゃなかったっけ?」
「あっ、クローディオ! いや、親戚の家だからいいかなと思って」
「よくないよ」
クラウの親戚――やはり貴族だ。
「その後ろのレディは?」
「……喉乾いてない?」
「いや、そんなに。で、後ろのレディは?」
これは、クラウは誤魔化しきれない。自ら前に出ようかとも思ったけれど、クラウが私の手首を掴む力が強いので身動きができない。
「クッキーでも食べない?」
「甘いものはそんなに食べたい気分じゃないな。で、どうして隠す?」
「いや……」
「もしかして……婚約者?」
スチュアートが的を得た発言をすると、クラウの手にさらに力が入る。痛い。少しだけ――ううん、かなり痛い。
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