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第8章 味方 / 第301話
掴まれていない右手で、クラウの背中をポンポンと叩いてみる。
「クローディオ、もういいよ」
「でも、騙すなら味方から――」
「やっぱり騙そうとしてたんだな」
スチュアートの深い息が聞こえる。
「でも、味方だって思ってくれててよかったよ」
「あの時は、スチュアートもミエラを助けようとしてくれたから」
「あの時って……呪いの?」
「うん」
私がかけられていた呪いを、この人は知っているのだろうか。でも、どうしてそれを――。いまいち分からずに、首を傾げてみせる。
「よかった。呪いは解けたんだね」
「うん」
「命よりも大事な人だろ?」
スチュアートは「ふふっ」と笑うと、こちらに回り込んできた。目が合うと、アイスブルーの瞳は丸くなる。
「その目……元魔導師様、か」
一呼吸置き、スチュアートは頭を下げる。
「俺はスチュアート・トルファン。クローディオの従兄で、元王子です」
さらりと呟かれた言葉に心臓が脈打つ。クラウの従兄で、元王子様――頭の中で言葉が反響する。
いつの間にかクラウの手が離れていたので、咄嗟に私も頭を下げる。
「私はミエラ・アークライトです! クローディオがお世話になってます……!」
私が声を張ると、スチュアートは盛大に「あはは」と笑い始めた。
「ミエラ、面白い子だね。今度、一緒にお茶でもどう?」
「スチュアート、サラッとナンパしない。他人の婚約者だよ? しかも自分には嫁もいるのに」
「いや、女性は皆、愛すべき存在だから」
「相変わらずだなぁ……」
クラウは小さく溜め息を吐くと、表情を緩めた。
スチュアートは、まっすぐにクラウを見る。
「でも、何でエメラルドに逃げ帰ったなんてデマを?」
「ミエラを守るためだよ。公表もしないまま俺の傍にいたんじゃ、また狙われるかもしれないから」
「そっか……」
スチュアートは真顔になり、私の顔をまじまじと見る。そして、深々と頭を下げた。
「ミエラ、クローディオ、今回は勝手な行動を取ってしまって申し訳なかった」
そんな態度を取られると、なんだかこちらまで申し訳なくなってくる。
「あ、あの、頭を上げて下さい!」
「悪気があったわけじゃないし、誰にも言わないなら許す」
私の配慮は何だったのだろう。クラウの物凄い上から目線な発言に言葉が出ない。
それをスチュアートは気にも留めなかったのだろう。
「義両親には言わないよ。ただ……」
「ん?」
頭をすっと上げ、スチュアートはにこりと笑う。
「リリーには伝えさせて欲しい」
リリーとは誰だろう。考えても分からないのに、頭の中で思考を巡らせる。
一方で、クラウは首を横に振る。
「リリーも駄目だよ。マーガレットもいるし、うっかり他の夫人や令嬢に漏らしでもしたら──」
「よく言い聞かせるから」
「うーん……」
困り顔で考えても結論は出なかったのだろう。クラウは少し身体の向きを変える。
「とりあえず、リビング行かない?」
「そうだね」
スチュアートが頷いたので、クラウが一歩先を歩いてリビングを目指す。
騒ぎを聞きつけたのか、リビングの扉からはレオニスの顔が覗いていた。スチュアートと私が一緒にいるところを見たからなのか、レオニスは即座に頭を抱える。
「なんてことだ……」
そんな呟きまでもが聞こえた。
「叔父様、申し訳ございません」
スチュアートが頭を下げたものの、レオニスの顔は晴れない。
「……三人とも、来なさい」
口を引き締め、リビングの中へと入っていってしまった。
恐る恐るクラウの後ろからリビングへと足を踏み入れる。そこにはソファーに座り、困り顔を見合わせるレオニスとキャサリンの姿があった。
「叔母様も申し訳ございません」
スチュアートは改めて頭を下げる。
レオニスとキャサリンはスチュアートに目を向け、小さな溜め息を吐いた。
「まあ、起きてしまったものは仕方ない。これからのことを話し合おう」
「スチュアート、頭を上げて。貴方もこっちにいらっしゃい?」
「はい」
ゆっくりと頭を上げたスチュアートはレオニスたちの角を持って座る。私たちも対角に腰を下ろし、レオニスとキャサリンの出方を窺う。
レオニスは腕を組みながらスチュアートを見ており、キャサリンは片手を頬に当てる。
「それで、だ。ミエラのことは……」
レオニスは手を組み合わせ、スチュアートを鋭い目で見る。
「他言無用で頼む」
一瞬だけ間が空く。
スチュアートは小さく息を吸い込む。
「それはクローディオにも言ったんですが、リリーにだけ、このことを伝えさせて下さい」
「何故、リリーに?」
「ミエラにはルーゼンベルクの者だけではなく、外にも味方が必要だと思うんです。それも、立場が対等か、それ以上の者が。リリーが適切ではありませんか?」
レオニスは「うーん……」と唸り、考え込む。
「ねえ、クローディオ」
「……ん?」
話の内容についていけず、クラウに耳打ちをしてみる。
「リリーって?」
「アイリンドル公爵の令嬢で、スチュアートの結婚相手だよ」
ルーゼンベルクではない公爵家の令嬢、ようやく理解出来た。
スチュアートはレオニスに畳み掛ける。
「クローディオとの婚約発表の時、どのようにミエラを立ち振る舞わせるつもりだったんですか?」
スチュアートに聞かれ、レオニスとキャサリンは再び顔を見合せた。
「それは後々考えるつもりだった。な? キャシー」
「ええ、私かヒルダが付いていれば大丈夫だと――」
「そんなの、ミエラは社交界で必ず浮いてしまいます」
レオニスとキャサリンは同時に「うーん……」と声を上げる。一方で、スチュアートの瞳は揺るがない。
「ルーゼンベルクの者がミエラを囲んでいたら、他の者はミエラに立ち入れないではないですか? ミエラには令嬢たちの中に入っていくための仲介役がいる。それをリリーにやってもらいます」
「うーん、それはいいアイデアかもしれないが……。マーガレットはどうする?」
「それは……」
スチュアートもここで考え込んでしまう。
話に隙ができたので、クラウにもう一度耳打ちをする。
「ねえ、マーガレットは?」
「リリーの妹だよ」
ようやく理解できた。これで混乱することはないだろう。
スチュアートは俯きながら、独り言を話す。
「マーガレットにも話してしまうか……いや……」
何かを閃いたらしい。スチュアートは顔を上げ、上体を少しだけ前に傾ける。
「マーガレットには秘密を通します。婚約発表当日、リリーと話すミエラに、何も知らないマーガレットを話し掛けさせた方が絶対に上手くいく。リリーに打ち明ける時には、俺たちが別邸にいれば済む話ですから」
「なるほどな……」
スチュアートの提案を受け入れるのだろうか。レオニスとキャサリンは耳打ちを始めた。話の内容は、私たちには聞こえない。
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