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第8章 過去へ繋がる森 / 第120話
正直に言うと、ここまで拒絶されるとは思っていなかった。気を失う程にショックを与えてしまうとは思ってもいなかった。
そのせいか、自分が受けた衝撃も大きい。
「ミユ! ミユ!」
何度名前を呼んでも、肩を揺さぶってみても目を覚まさない。俺はどうすべきだったのだろう。
成す術もなく、膝から崩れてしまった。
「ごめん……」
ベッドに置いたままの拳を力強く握り締める。
「ここはオレに任せとけ。オマエらはここにいない方が良い」
アレクに退室を促されたものの、なかなか動くことが出来ない。俯いたままの俺の肩に、温かくて柔らかな何かが触れた。
「あたしは先に、会議室に行ってるから。クラウも落ち着いたら来てね」
フレアの声に、なんとか頷く。続いて聞こえたのは遠ざかっていくヒールの音だった。
このまま居座っていては、目覚めた時にミユを困惑させてしまう。何しろ、前世では恋人同士だったのだ。その事実を知ってしまえば、良い意味でも、悪い意味でも意識せずにはいられないだろう。分かっているのに。いや、分かっているからこそ、後が怖い。
思い悩んでいると、アレクの声が空気を振動させた。
「行け。邪魔だ」
いつもなら、邪魔なんて言われようものなら腹を立てていただろう。しかし、今は返って清々しい。
心の中でアレクに礼を言い、なんとか立ち上がった。その顔も見ずに、ふらふらと廊下へと向かう。先にはカイルとアリアもいたが、会話することもなくその場を去った。
これからどうなるのだろう。あれ程、過去を思い出して欲しいと願ったのに。いざ現実を突きつけられると、頭が追いついていかない。不甲斐ない自分が嫌になる。
会議室の扉を開ける前に、大きな溜め息を吐いてみる。立ち塞がるそれを押すと、蝶番の鈍い音を響かせながら、部屋の中が露わとなった。
フレアは窓辺で外を眺めているようだった。その表情は虚ろで、物悲しい。
何となく隣に行き、同じように窓の外を見遣った。空は雲一つなく澄み渡っており、風が地平線まで続く草原を波のように靡かせている。
今の俺たちには広大過ぎる景色だ。
吐息を吐き出すと、ガラス窓が白く曇る。リエルに似過ぎた俺の姿を隠してくれているかのようだった。
「あたし、やっぱり怖いよ。ミユに憎まれるのが怖い。折角、仲良くなれるかもしれなかったのに」
どう返答してあげるのが最適なのか、いまいち分からない。変に返事をして、フレアを傷つけてしまいたくはなかった。
「前世で自分を殺したかもしれない相手を受け入れるなんて、あたしには無理だもん」
小さく呟くと、フレアは押し黙ってしまった。
時計の針の動く音が耳に残る。その音だけが時間の経過を表していたが、それを気にする心の余裕はなかった。
「俺は、分からない」
「何が?」
「自分の気持ちが……分からない」
愛しいと思うこの気持ちが、リエルのものなのか、自分のものなのか。そして、カノンに対するものなのか、ミユに対するものなのか。ミユと出会って数週間が経過しているのにも関わらず、未だに分からない。
軽く首を横に振る。
「クラウは、ミユのことが大事じゃないの?」
「大事だよ。大事だけど……それってホントに俺の気持ちなのかな」
何度も転生してきたが、こんな気持ちは初めてだ。自分の心を疑う日が来るとは思ってもみなかった。
フレアは小さく息を吐き出す。
「リエルの気持ちをなくせっていうのは無理がある。あたしだって、アイリスの気持ちを引きずってないって言ったら嘘になると思う。でも、それは恋とは無関係だよ。クラウはミユのどんな所に惹かれる?」
「それは……。可愛い声だし、臆病な所もあるけど根はしっかりしてて、控えめで、小動物みたいで見てて飽きないし……」
「それ、全部カノンに当て嵌まる?」
言われて、はっと気がついた。ミユはカノンと似ているようで似ていない。声だってミユの方が若干高い。カノンは臆病で控えめと言うよりも大胆だった。小動物のようで可愛らしいのは変わらないが、似て非なるものだ。
「逆に考えてみて? クラウはリエルと同じ人格として見られても、納得出来る?」
納得出来る筈がない。俺は過去にリエルだったかもしれないが、リエルは俺ではない。全く別の人間だ。
逆の立場に置き換えれば分かる筈なのに、何故、そうしなかったのだろう。自分が恥ずかしくなってくる。
俺はカノンではなく、ミユのことが好きなのだ。それに、俺のこの気持ちは俺のものだ。
「確かに、分からなくなる時だってある。でも、自分の気持ちを全部前世のものにしちゃったら駄目だよ。自分が可哀想。それに、相手を前世と重ねても駄目。ミユはカノンじゃなくて、ミユなんだから」
「……うん」
「分かったら、そんなにしょげないの」
フレアは盛大な音が鳴る程に俺の背中を叩いた。
「痛っ!」
「大袈裟なんだから」
ふふっと笑うフレアに、僅かに目を吊り上げてみる。
大袈裟なんかではない。患部はじんじんと痛んでいる。まあ、自分の気持ちを確認出来た代償と言えば、安いものなのだろうか。
「ちゃんと感謝してね?」
「うん。ありがとう」
目を細めるフレアに、痛む背中を撫でながら笑みを返した。
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