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第8章 過去へ繋がる森 / 第121話
気持ちの決着がつき、俺の目的も定まった。同じ轍は踏まない。必ず、ミユに忍び寄る魔の手を退けてみせる。
地の塔へと向かう三日後は、すぐにやってきた。ミユに会いたい気持ちと、どう思われているのか分からない不安な気持ちがせめぎ合い、なかなか彼女と真面に会話する事が出来なかった。食事を運んだとしても、挨拶だけだ。
今日は違う。そう意気込んでミユの部屋の前へと来たのに。いざ部屋の前まで来てみると、どうしても意識してしまう。
「クラウ様、おはようございます」
「おはよう」
カイルとアリアに何となく挨拶を返し、周りを見渡してみる。朝日が降り注ぐ廊下には、まだアレクとフレアの姿はない。いなくて良かった。紅潮しているであろう頬を冷ますようにして、両手を当ててみる。
こんな状態で大丈夫だろうか。いや、大丈夫であると信じよう。
アレクとフレアも間もなく揃って姿を現した。二人の表情に笑みはない。ミユが地の塔を巡れば、百年前に起きたことを全て思い出すからだ。
フレアは拒絶されるだろう。俺だって、どう思われるか分からない。好意なのか、羞恥なのか。前者であれば、俺が求め続けてきたものが返ってくる事になる。後者であれば、フレアとともに拒絶されるだろう。
緊張のあまり、考えるだけで溜め息を吐きたくなってくる。
「よ」
「おはよう」
アレクとフレアはこの時だけの微笑みを見せた。
「おはよう」
対して、俺は上手く笑えてはいないだろう。近づいてくる彼らはミユの部屋のドアを見遣る。
「ミユは起きてんのか?」
「分からない」
男の俺がミユの部屋の中を見てしまうのは気が引けてしまう。着替えの最中であったなら以ての外だ。
首を横に振ると、フレアは深呼吸をし、ドアの前へと立った。小さな拳を作り、軽くノックをする。
「ミユ、入るよ」
フレアの横顔はドアの影へと入る。
「準備出来てるみたいだね」
フレアの登場を待って良かった。ほっと胸を撫で下ろし、アレクと一緒におずおずと部屋の中を覗いてみる。
ミユは白い衣服に着替え、テーブルの前で口をもごもごと動かしている。何か食べたのだろう。
フレアはミユに手招きをする。
「ミユ、こっち来て」
「うん」
ドアを閉め、部屋の入口に四人で移動した。ミユに微笑んでみせたものの、見てもらえたかは定かではない。
フレアは続けて説明に入る。
「今日はミユが自分で魔法陣を描かなきゃいけないから」
「どうやって?」
「こう、手を伸ばしてみて」
フレアはミユの隣に移り、前方へと手を伸ばす。すると、ミユもその真似をした。
「うん、そのままね。目を瞑って、地の塔に行きたいって頭の中で唱えてみて」
ミユは素直に瞼を閉じる。数秒後、彼女の傍には杖が現れた。
「目を開けて」
フレアが再び声をかけると、ミユも素直に応じる。ミユは一瞬、驚いた表情を見せたが、その杖に手を触れた。無言で杖が魔法陣を描いていく様を見届ける。
これで本当に良かったのだろうか。今更そんなことを言っても遅いのに。どうしても考えてしまう。
瞬く間に魔法陣は完成し、緑色の強い光を放った。
「あたしたち、先に行ってるね。決心がついたらついて来て」
「うん」
アレクは軽く俺の肩を叩く。「行け」とでも言うように。そのまま従うのは癪に障るが、仕方がない。
ミユよりも一歩早く、あの鬱蒼とした森を思い浮かべ、魔法を使った。
ここも何も変わっていない。くるぶし丈の生い茂る野草に、所々に木漏れ日の伸びる、一面が新緑色の木々――その中で、世界樹でもあるかのような程に太い幹を持つ木が地の塔だ。幹には大人一人がゆうに入ることの出来る大穴が開いており、そこが入口となっている。
アレクとフレアもすぐに到着したようだ。
俺がくよくよしていては駄目なのに。こうなって欲しいと願ったのは自分自身なのに。しっかりしろ、自分、と鼓舞し、奥歯を噛んだ。
「行こう?」
不意に後方からミユの声が聞こえ、振り返った。ミユの微笑みが崩れないことを祈るばかりだ。
「そーだな。行くか」
アレクが返事をすると、ミユは先頭を切って塔を目指す。もう彼女を止められる者は、この場にはいない。
考えることを放棄したように、なんとなくミユの後ろ姿を眺めながら歩を進める。塔の入り口を潜ると、これまでの塔と同じような景色が目に映るばかりだった。床には緑のモザイク模様で魔法陣が描かれている。
休む間もなく、ミユは声を張る。
「行ってくるね」
決心が鈍らないようにするためなのか、振り向くことすらしない。
見えていないことは分かっている。それでも、頷かずにはいられなかった。
ミユが踏んだ一際強く光る魔法陣に向かって、「ごめん」と小さく呟いた。
その声がアレクとフレアには届いてしまったのだろう。
「謝る必要なんかねーんじゃねぇか? 同じ失敗を繰り返さなきゃ良いだけだからな」
魔法陣を見詰めたままで、アレクもまた呟く。
「それでも、呪いを解けてたら、あんな過去にはならなかった筈だから」
「ああだったら、こうだったら、なんて考えてたらキリがないよ? 考えないよりは良いけど、考え過ぎも駄目」
フレアは腕を組み、瞼を閉じた。
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