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第9章 生きるということ / 第303話
リリーとはすぐに打ち解けた。サファイア女王主催のスケート大会では、リリーの友人と称してその隣に座った。眼帯はしっかりつけていたので、元魔導師だとはバレていないだろう。
そこで知ったのは、クラウとスチュアートは通称『サファイアの花』――リリーによると、ファンクラブまであるらしい。
恋人の私が見ても美形な二人だとは思うけれど、まさかそこまでとは。クラウは割れんばかりの令嬢たちの歓声を受けても、笑顔を一瞬たりとも見せなかった。対して、スチュアートは両手で手を振って声援に応える。私が見ると変だな、と思ってしまう。クラウは私の前では感情がダダ漏れなのだから。
優勝を期待された二人は辺境伯令息に敗れ、クラウが二位、スチュアートが三位という結果に終わった。来年は私も参加を強制されたけれど、毎年戦いを繰り広げている令嬢たちに敵うはずがない。運動が苦手だと自称するリリーと二人で「来年は記念参加をしよう」と決めたばかりだ。
今日はキャサリンの誕生パーティーを催した後で、クラウと二人きりの時間をゆっくりと楽しんでいる。青い調度品で整えられた部屋は、何故か私の部屋以上に落ち着く。
「ねえ、ミユ」
「何~?」
「婚約発表が終わったらさ、どこかに旅行しよっか」
そうか。婚約発表が済めば、私の存在は公になる。私を隠しておく必要はなくなるというわけだ。
自由になれる。しかも、見ず知らずの大地を堪能できる。それだけでも胸は踊る。
「どこに連れてってくれるの?」
「うーん……」
私のために一生懸命、旅行先を絞り込んでくれているのだろうか。クラウは少し考え込む。
「あの話、気に入った? 『白いリボンと緑の鳥』」
「うん。なんとなく、だけど」
あの本に出てくる緑の鳥は、今、隣にいてくれている人に少し似ている。胸が温まるような、詰まってしまうような、相反する感情が沸いてきた。
「じゃあ、あの童話の舞台になった町に行ってみよっか」
「でも、いいの? クラウはあの話、あんまり好きじゃないんだよね?」
「うん。俺はミユが喜んでくれるなら」
そう言われてしまうと複雑だ。私はクラウと一緒に楽しみたいのに。
「無理はしないでね?」
「うん」
私が聞きながら首を傾げると、クラウは苦笑いをしながら小さく頷いてくれた。
テーブルに置かれた紅茶を口に含み、そっと戻す。カップとソーサーのぶつかり合う音が小気味よく響く。
そんな時に、一瞬だけ眩暈がしたのだ。色々なことがありすぎて疲れが出たのだろうか。最初はそんなふうに考えていた。
片手で頭を抱えると、クラウも額に手を添える。
「俺、ちょっと疲れてるのかな」
「私も……」
それにしては、タイミングが合い過ぎている。疑問に思う間もなく、再び眩暈が襲い来る。
“ミユ。クラウ”
“おいで”
この声は地の神・エメラルドと、水の神・サファイアのものだ。
「今頃……何の用さ……」
神々は答えない。ただ、眩暈だけが酷くなっていく。クラウがテーブルに置かれたベルをなぎ倒したところで、私の世界は暗転した。
次に目を開けたのは、クラウの部屋ではなかった。突き抜けるような青空に驚いて上体を上げると、辺りには黄緑色のラナンキュラスとネモフィラの海――そして、同じく辺りを見回しているクラウの姿があった。私を見つけると、こちらに走り寄ってきてくれる。
「ミユ!」
「クラウ!」
私も立ち上がり、二人で抱き合う。何が起きているのかは何となくは分かる。でも、意図が見えない。
前方に二つの柔らかな光が現れると、エメラルドとサファイアの姿に変わった。気付けば警戒するように、彼らを睨みつける。
「久しぶり」
サファイアが笑顔を見せる。たとえこの人がクラウの分身前の姿だとは言え、クラウを傷付けたことには変わりない。私たちが何も答えずにいると、サファイアは苦笑いをした。
「俺も相当嫌われたね」
「それはね。誰だって死ねって言われたら怒るよ」
エメラルドも悲しそうに「ふふっ」と漏らすけれど、彼女も他人のことを言えた義理ではない。分身である私に「呪いから助かる方法はない」と嘘を吐いたのだから。
クラウは小さな息を吐き出すと、エメラルドとサファイアに向き直る。
「それで、今日は何の用? 何かあるから呼び出したんじゃないの?」
「うん、長くなるから、俺たちも座っていいかな」
「別にいいけど」
クラウの少し棘のある物言いにサファイアが肩を竦めると、エメラルドが「んしょっ」と小さな声を上げて腰を下ろした。それを見て、サファイアもゆっくりと地べたに座る。
エメラルドとサファイアは頷き合い、今度はエメラルドが言葉を紡いでいく。
「あんな事件が起きちゃったけど、二人はちゃんと乗り越えられた。それを褒めてあげようって思って」
別に私たちは神になんて褒めて欲しくない。私が口をへの字に曲げた横で、クラウは目を吊り上げた。
「本当に乗り越えたと思ってる?」
クラウの声は絞り出すように震えている。
「ミユは一人の夜がまだ怖いんだ。俺だって、またミユが傷付けられたらって怖くて仕方ない。これを乗り越えたっていうの?」
銀の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
「サファイアとエメラルドは分からないんだ。『心』がないから。俺たちが今、どんなに辛いか、一つも分かろうとしてないじゃん」
私を抱くクラウの腕に力が入る。少し苦しいくらいだ。
「魔導師排除派が現れて、命を狙われて……。俺たちは間違ったことなんて何もしてないのに! 元魔導師だっていうだけで、凶器を向けられる恐怖なんて分からないんだ!」
その腕がわなわなと震えている。
「俺たちの心も分からないくせに……分身を作った意味は何さ!」
「知ってるよ」
「えっ?」
クラウがはっと顔を上げると、サファイアは哀愁を帯びた表情で小さく頷いた。
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