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第30章 明日への架け橋 / 第188話
駄目だ、負ける訳にはいかない。呑まれる訳にはいかない。そう思うと手が勝手に震え出す。力を振り絞るようにして、切っ先を奴へと向けた。
「お前は、俺が殺す!」
互いにゆらりと剣を水平にならし、吠える。
「うわあぁー!」
ただひたすらに、奴に向かって走った。無我夢中で、どうして良いのかが分からない。とにかく、奴を仕留めなくては。
大きく振り被り、頭を目がけて叩き落す。しかし、横一線に振られた黒の剣によって弾き返されてしまった。足がもつれ、転びそうになる。
“クラウ、危ない!”
その隙を見て、奴は一突きしようと試みたが、俺には当たらなかった。リエルが機転を利かせて避けてくれたのだ。
「世界のためか、地の魔導師のためか。そこまでする理由がどこにある」
「世界なんか関係ない! お前は俺の大事な物を……全部奪っていくから! 百年前も、これからも!」
「所詮は自分のため、か。いかにも人間らしいな」
奴は唾を吐き捨てるように言葉を投げ捨てる。
「お前に何が分かる……!」
「フッ。分かるとも。その恨み、憎しみ、悲しみ、痛み……全てが私の力になっているのだから」
奴の言うことの全てが腹立たしい。俺たちにそんな思いをさせた張本人はこいつではないか。
怒り心頭する俺を差し置き、更に続ける。
「所詮は私に復活の力を与え続けていた道具」
鋭い眼光で捉え、切っ先を俺へと向けた。
「そんな君に私を倒せはしない」
そして、又しても剣を縦へと振るったのだ。避けきれずに、右腕に猛烈な鋭い痛みが走る。
今度こそ確実にやられた。滴る赤を見ることすら許されず、顔をしかめる。
「俺が道具!? お前の……!?」
「言い方が悪かったか? しかし、他に言い方がないな」
奴はにやりと口元を吊り上げると、優雅に左右へと剣を振り回し始めた。俺が攻撃を防ごうとすれば切っ先がぶつかり合うまでに接近し、何度も刃を交える。
「そんなの、お前が記憶を書き換えたり、操ったりしなきゃ――」
「君が『人間』であろうとする限り、その事実は変わりはしない。『心』があるからな」
力に押される一方だ。一太刀防ぐごとに一歩後退する。恐らく奴は手を抜いているのであろうが、攻撃が速すぎて太刀の残像が十字に見える。
「心のない人間なんていない!」
「やはり忘れているらしいな」
腕の切り傷も、痛みも増していく。それでもここで殺される訳にはいかない。俺の剣が奴へ届く程に近付くまでは。
「何のこと!?」
斬撃を浴びせようと真一文字に剣を振るうと、奴は自身の剣を一回転させて弾き飛ばした。
「思い出せないのか? 始まりの記憶を。君たちはただの人間じゃない」
「それは分かってる!」
俺たちは特別に魔法を使える。それだけで、ただの人間とは呼べないのだろう。
しかし、奴は更に言葉を繋げる。
「今の形……魔導師に留まる器でもない」
「えっ?」
こいつは何を言いたいのだろう。分からない。
疑問を投げかけようとしたところで、地面から異音が轟く。この音はミユの魔法だ。緊張の中に小さな希望が生まれる。
奴は岩の柱が突き出る数歩後ろへ移動したので、そこへ向かって激流を放つ。岩の柱をも飲み込みながら、濁流となって奴を襲う。
ミユが作ってくれたチャンスだ。ここで奴を仕留めるしかない。絶対にやってやる。懐に忍ばせていた神の玉を取り出し、鍔の窪みに嵌め込んだ。刀身が緑色へと変わっていく。
そんな時に、奴の顔が眼前に現れたのだ。まずい、攻撃をする前に殺られる――。
剣を横に薙ぎ払ったと同時に、右胸に火を噴くような激痛を与えられた。
「ぅあッ……!」
「くッ……!?」
ミユの絶叫が遠くで木霊する。幸いなことなのか、痛いとも、苦しいとも感じる時間は短く、世界は暗転した。
俺の剣は奴を仕留められたのだろうか。分からずに、暗闇の中で混乱する。
「……安心しろ。君は私を葬り去るだろう」
この声は奴か。どこにいるのだろう。辺りを見回してみても、漆黒が広がるのみで何も見えない。
「解呪の剣を使うとは。やってくれる」
最後の最後で気づいたのだろう。詰めが甘いとはこのことだ。勝利に浸りながら、口角を上げた。
「私を倒したとしても、王たちが愚かな行いを止めない限り、次なる私が生まれるぞ。必ずだ」
こんなもの、ただの負け犬の遠吠えだ。ミユの呪いが解けるならそれで良い。安心していると、急激に右胸が痛くなってきた。呼吸をしても、酸素が足りない。苦しい。瞬きをすると、徐々に視界が開けていった。焦茶の髪に、エメラルドグリーンの瞳――ミユが傍にいるのだ。呻き声を上げながら、その姿を脳に刻み込もうと試みる。
「ミユ……」
「クラウ!」
「無事……?」
こんなことしか聞けない自分自身に腹が立つ。その小さな身体を抱き締めてあげたい。それなのに、俺の身体は言うことを聞いてくれない。
「私は……大丈夫だから……!」
くぐもった声が聞こえると、焦茶の部分は大きく揺れた。
「良かっ……た……」
百年前とは違う。俺は最後までミユを守り通せたのだ。安心していると、水のようなものが顔にかかった。
「ミユ……?」
ミユは泣いているのだろうか。せめてもの慰めに、その涙を拭ってあげたい。事切れる前に、早く、早く。鉛のように重たい右腕を持ち上げようとするが、なかなか届いてくれない。切ない感情だけが俺の心を満たしていく。伸ばした左手が彼女の頬へ届く前に、段々と瞼が重たくなってきてしまった。視界が狭まっていく。
短い間だったけれど、君に出逢えて俺は救われたんだ。出逢ってからの全てがかけがえのない時間で、君の笑顔が大好きだった。
その笑顔を見に、きっとまた逢いに来るから。ミユがミユでいるうちに、必ず。君がやってみせてくれたように、俺も世界を、時を越えてみせるよ。
だから、それまで少しだけ我慢して? 死ぬ程辛いだろうけれど、君なら出来るから。俺は信じてる。
どうか、君も俺を信じて。未来を信じて――。
* * *
浮遊感に包まれながら、ふと瞼を開ける。ここは天国と呼ばれる所だろうか。視界全体が黄金の光に包まれている。ポカポカと暖かく、柔らかな風が頬を、髪を撫でる。とても心地良い。
「貴方一人でよく頑張りましたね」
陽だまりのような声が右側から聞こえてきた。振り向いてみると、真っ白のロングワンピースを着た女性が隣に漂っている。腰まである銀の髪がサラサラとなびく。まるで、俺の母のような人だ。
「母さん?」
「貴方の母上にそんなに似ていますか?」
俺が頷くと、その女性はくすりと笑う。そして柔らかな微笑みを湛えた。
「私はオパール。貴方たちの言う異世界の神の一人です」
「神様……?」
「そうです」
異世界の神――それは本当なのだろうか。考えてみるが、やはり分からない。それでも信じたくなる。穏やかな声がそう思わせた。
自称女神はふわりと宙を舞い、俺の目の前に移動する。
「どうしても、貴方に伝えたいことがあります」
頭に靄がかかったようで、何も考えられない。何故だとか、何のためにという疑問も浮かんでこない。ただ、女神の言葉がすっと胸に染み入ってくる。
「貴方が死ぬ必要はありません。生きるべきです。貴方が封じた心の闇を抱えたまま。貴方の世界――スティアの神々は傲慢なのです」
「傲慢?」
「そう。とっても傲慢。これから先、貴方たちはその事実を知ることになるでしょう。でも、決して恐れないで。怖がらないで。貴方は人間でいたいでしょう?」
人間でいたいとはどういう意味だろう。そういえば、それらしきことを敵も言っていたな、と女神を見詰め返す。
「今は分からなくても良いのです。ただ、人の心に闇があるのは当然のこと。それを忘れないで。その意味も込めて」
女神は俺の胸に右手を翳す。その手のひらから光が溢れ出した。痛くもないし、苦しくもない。ただ、途方もない虚しさが俺を襲う。
「貴方の身体に刻ませてもらいました。人の心の闇という物を。それを見て、スティアの神々が黙っている筈はないでしょう。でも、未来を作っていくのは神々ではありません。貴方たち人間です」
「どうして、スティアの神様が黙ってないなんて分かるのさ」
「それは、私も彼らの仲間だったから。耐え難い光景を見てきたから。オニキスとともに」
「オニキス?」
誰のことを言っているのだろう。聞き返すと、女神は俺の両頬をその手で包み込む。銀の瞳がまっすぐに俺を見詰める。
「さあ、仲間の元に戻りなさい。貴方を待っている筈です」
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