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第20章 崩壊への道(後編) / 第162話
俺は希望を持っていた。カノンとまた逢えると。それを、ただひたすらに信じていた。
カイルに渡されたリエルとカノンの結婚指輪は、俺の胸を抉るだけだった。リエルの指輪は引き出しの中へと封印し、カノンの指輪はネックレスへと通した。逢った時に、彼女に渡せるように。
エメラルドの街や村を彷徨い歩き、ひたすらに焦茶の髪を見つけては声をかけていく。
「あの……」
今日もエメラルドの街で女性に声を投げかける。三人連れの彼女たちが振り返った瞬間、カノンではないと察知した。俺の顔を見て、色目を使ったのだ。
「すみません、人違いでした」
頭を下げ、足早に雑踏の中に紛れる。
「何? 今の人」
「凄くかっこよかったけど、人違いかぁ」
「恋人でも探してるのかな?」
きゃあきゃあと騒ぐ彼女たちの声が耳につく。
カノンなら、こんな下世話な話をしない。騒ぐ女性たちを窘めるだろう。
次に声をかけた先でも、同じような反応をされた。
この街にはカノンはいない。そう結論づける。小道へと入り込み、人がいないことを確かめた。
「カノン、どこにいるのさ?」
いるのなら、どこにいるのかさえ教えてくれ。俺が魔法で迎えに行くのに。
俯き、サファイアへとワープをした。すぐに忙しない足音が近付いてくる。
「ノア様! またエメラルドへ行ってたんですか?」
青い円らな瞳を吊り上げたカイルが、しゃがみ込んだ俺を見下ろす。
「カノンはどこにいるんだろう」
カノンを影の魔の手から救えなかったリエルの執念が、頭から離れない。
「転生されたら魔導師様になる筈ですよ?」
「なんで言い切れるのさ」
反論したが、カイルの意見は理にかなっている。俺も前世は魔導師だったし、風のあいつも、火のあの子も前世は魔導師だったのだ。でも、だからと言って、カノンも必ず魔導師になるとは限らないと思うのだ。
「俺はカノンが見つかるまで探し続けるよ」
逢って、前世で救えなかったことを詫びるのだ。それが俺に出来る精一杯の愛情の表現だった。
カイルを真剣に見詰めると、彼は唸り、俯いてしまった。
* * *
あくる日は憂鬱な会議の日だった。会議と言っても、議題となるのは世界の修復に関わることばかりだ。少しずつ魔力を放出し、街を一つ一つ復興させていく。既に世界の人々も自力での復興作業を行っていたが、途方もないことだった。
「オマエ、またエメラルドに行ったのか? 行くなって言ったよな」
「……行ってないよ」
風のやつにもシラを切る。火の子の視線も気になったが、気付かない振りをした。
ヴィクトとアイリスも、リエルと同時期に亡くなったらしい。歳が一歳も違わないのだ。天災が起きた歴史の観点から見ても、リエルと同時期で間違いないだろう。亡くなった理由は聞いていない。聞く気にもなれなかった。そもそも、俺の目にはカノンしか見えていないのだから。
「今日はトパーズのハルクル地方だからな」
トパーズは秋の大陸なのに『春来る』を連想させる変な名前だな、と一人で空想する。太古の本に記された魔法陣を風のやつが描き、三人で杖をかざす。実際にトパーズへは行けないので、これで修復されたのかは分からない。されたと信じる他になかった。
一気に体力が削られる。寝ても疲労感が回復しないのは、エメラルドへのワープを繰り返しているせいだけではないだろう。三人でいつもの席に座り、倒れ込む。
「オマエら、大丈夫か?」
「多分ね」
風のやつにも、火の子が曖昧に答える。
今日はエメラルドに行くべきか否か。いや、考えるまでもない。俺には行かなければならない理由があるのだから。ふらつく頭を押さえ、必死に思考を働かせる。
「オマエら、今日はここに泊まってけ。体力が持たねぇだろ」
「うん、そうさせてもらうよ」
頷き、己の体力のなさを呪うしかなかった。
日が傾き、空がオレンジ色に染まる。風のやつも火の子も自室へ向かった。今日、エメラルドに行くなら今しかない。
指定席から腰を上げ、「はぁ……」と大きく息を吐き出した。今日こそカノンを見つけ出す。風のやつも、火の子も、俺だって転生しているのだ。カノンだけ転生しないのはどう考えてもおかしい。
あの村にしよう。近くの街からなら、三十分もかからず馬車で辿り着けるだろう。基点とした街へと狙いを定め、魔法を使った。
そこは何の変哲もない裏路地だった。人はいない。それなのに、変な汗が流れ出す。
これは、まさかあの感覚――一瞬にして前世での出来事が脳裏に蘇る。足に力が入らず、その場に崩れてしまった。
二十五年という生涯も、ここで潰えてしまうのだろうか。カノンとの対面も果たせずに。
必死に手を伸ばしたが、何にも触れることはなかった。ただ、虚空を掴む。
このまま終わるのならば、エメラルドではなく、ダイヤでもなく、せめて家族のいるサファイアで――。
ワープした瞬間、胸に強烈な痛みが走った。
「うっ……!」
呻き声を上げ、必死に酸素を求める。痛みに顔を歪めていると、霞む視界に青の何かが入り込んだ。
「ノア様! なんてこと……!」
悲鳴にも似たカイルの声がくぐもって聞こえる。
俺は結局、カノンを見つけられなかった。どこにいるのかさえ掴めなかった。
来世では、必ず君を見つけ出すから。必ず逢いに行くから。だから、どうか待っていて欲しい。ごめん――。
カイルの絶叫にも似た声が耳に残る。そのまま世界は暗転した。
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