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第2章 トライドール / 第334話
何事が起きたのか分からず、一瞬固まってしまった。
「よかった! やっぱりトライドールだ……! きみ、早くおれの艇に乗って!」
何を言い出すのだろう。見ず知らずの人の艇に、急に『乗れ』だなんて。しかも、トライドールを見つけて喜ぶなんて。どうかしている。
絶対に何か策略があるに違いない。目をキッと吊り上げて、貴族のものではない質素な服装の青年を見返した。
「乗れるはずがないでしょ? 貴方、何する気?」
「説明してる時間なんてないんだ! 早く乗って! 悪いようにはしないから! それとも、その塔に一生閉じ込められていたい?」
言いながら、口角をさらに上げる。そうするしか道はない、とでも言っているようだ。
実際、こんな場所からは逃げ出したい。でも、ついていったところでどうなるか分からない。そんな時に、ミユからの手紙を思い出してしまった。
私には三人の仲間がいる。絶対に逢える。会ったこともない人の声が頭の中で反響する。
もし、この人が仲間のうちの一人なら。迷っている場合ではないのかもしれない。
決断するよりも早く立ち上がり、その手を取ろうとしていた。そこで、ドアの向こうから大人数の足音が聞こえ始めたのだ。
「見つかった! 早く!」
青年は舌打ちをすると、険しい表情へと変わっていった。私の手を強引に掴み、飛空艇の中へと誘う。一気に視界が明るくなる。
青年は足早に艇内の奥へと行ってしまった。私の部屋には騎士たちが雪崩れ込む。その先頭にはアヴェリンの姿もあった。
「エルヴァ様をどうするつもりだ!? 早く解放しなさい!」
騎士がスピーカーを持ちながら声を張り上げるので、耳障りな甲高い音が響く。思わず耳を塞いでしまった。
それに対抗するように、艇内のスピーカーからも声が鳴り響く。
「トライドールに世界の今ある姿を教えるだけだ。どう行動するかは……トライドールたちにかかってる。地のトライドールを塔に閉じ込めたおまえらが悪い」
「……何だと!?」
「きみ、しっかり掴まっててね。発進するから!」
その宣言通り、飛空艇は急発進を始めた。重力で艇から振り落とされそうになる。ここで下に落ちたら終わりだ。必死に手摺りを掴み、私がいた部屋に別れを告げる。バルコニーには、いつまでも私を見詰めるアヴェリンの姿があった。
艇はぐんぐん進む。エメラルドの城下町を抜け、森の上へと辿り着く。
ここにいても仕方がないだろうと、飛空艇内の奥へと進む。ドアが四つあり、そのうちの一つは操縦室だ。ガラスの向こうには青年の姿があり、計器の類が所狭しと並んでいる。
一応ノックをし、操縦室のドアノブを回す。
「あの……」
「おれはオーリ。きみは……エルヴァさん、だよね」
私が質問をする隙を与えない。青年――オーリはこちらを見ずに、操縦席の窓――キャノピーの外を見詰めている。
「あった。着陸するよ」
言い終わるや否や、飛空艇は急下降を始めた。腹部がぞわぞわし、気持ちが悪い。唇を噛んで悲鳴を堪えていると、ちょっとした上下の衝撃が飛空艇を震わせる。
「エルヴァさん、ついてきて」
オーリは茶色の瞳で私を見ると、にこっと微笑む。こんな森の中で何をしようというのだろう。疑念は浮かぶものの、留まっていても強引に連れ出されるだろう。大人しく従うことにした。
拳を握り、タラップから飛空艇を出る。どうか、待ち受けているのが私の仲間でありますように。祈りながらオーリの背中越しに前方を見据える。すると、木の陰に紛れて巨大な何かが視界に入ってきたのだ。これは建物だろうか。ううん、接地部分が丸みを帯びているので、別の飛空艇かもしれない。
鼓動が自然と速まっていく。
タラップは既に下ろされていた。その上をオーリと渡り、艇内へと入る。
「ちょっとビックリするかもしれないけど、みんないい人たちだから」
空賊だったらどうしよう。心に沸いた疑念を払拭するように、首を横に振ってみる。そうして最奥にある一番大きなドアは、蝶番の軋む音を立てた。
「トファーさーん! 戻ったよー!」
トファーとは誰だろう。怖くなければいいな、とさらに拳を強く握る。すると、背後から足音が聞こえてきたのだ。
振り返ってみると、薄茶髪をオールバックにした長身の男性がいたのだ。
「ひゃっ……」
思わず悲鳴が漏れる。
というか、その男性の圧が凄い。頭に黒い布を巻いて左目を隠しており、ブルーグレーの右目だけで私を見下ろしている。服装は空賊のものと大して変わらない。
ああ、私は終わったかもしれない。心の中で泣きながら、揺れる視界を男性に向けるしかなかった。
「そんなに怯えんなよ! これから一緒に旅をすることになるんだからな!」
男性は豪快に笑うと、部屋に置かれた円卓の一つに腰を落ち着ける。
「オレはトファーだ。オマエの名前は何だ?」
「……エルヴァです」
「そーか。ま、オマエらも座れよ」
微笑んではいるものの、そんなに鋭い目で見られると委縮してしまう。
改めて、部屋の中を眺めてみる。木製の壁と床、部屋の隅には樽や木箱が置かれ、正面の壁には世界地図が掲げられている。コードでぶら下がった電球は、空を飛べば心許なく揺れるのだろう。
円卓では逃げ場がないので、仕方なく男性――トファーの正面に座ってみる。
「トファーさん、左目を隠したままじゃ、怖がられるって。エルヴァさんは敵じゃないし」
「ん? あぁ、そーだな」
トファーはオーリに頷くと、ちらりと私に視線を送る。まるで、しっかり見ていろとでもいうように。
ゆっくりと剥がされた黒い布の奥に見えたものとは――。
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