読み込み中...
読み込み中...
第9章 生きるということ / 第305話
「確かに、身体は痛かったり苦しかったりするかもしれないけど……」
「身体だけじゃない。心だって痛くて苦しい」
「うーん……」
エメラルドとサファイアは言葉が続かず、僅かに俯く。
長く続いた沈黙の中で、私とクラウは縋るように互いの手の温もりを求めた。
「これは俺たちの経験不足だね」
「私たちは死別を体験したことがないから……ごめんね」
別に謝られるようなことでもない。小さく首を横に振ってみせた。
「私たちも寿命を延ばせるようにしてあげたいけど――」
「エメラルド!」
サファイアの荒々しい声に、はっとしたようにエメラルドは顔を上げた。しかし、もう手遅れだ。
分かってしまった。その一言で理解してしまった。クラウの闇を払うために寿命を削った時から覚悟はしていたはずなのに。段々と眩暈がしてくる。空を仰いでいると、横から身体を抱かれた。
「ミユ! しっかりして!」
掛けられた声にも、曖昧に頷いてみせることしかできない。
「ごめんなさい! 私……!」
「起きちゃったことは……もう、どうしようもないから」
慌てるエメラルドに途切れ途切れに言うクラウは、どんな顔をして神を見ているのだろう。私には、確認する元気も勇気もない。
「ミユと一緒に呼ばれたんだ。寿命が短いのは……俺も?」
「どうして……?」
私が唯一、確認できたのはこれだけだった。
私たちは何も悪いことなんてしていないし、クラウは前世たちのように寿命を削るほどに魔法を使ったわけでもない。学者が言うように魔法をたくさん使ったせいで寿命が短くなる、なんて説が通用しないのだ。
これが世界をいい方向に変えたはずの私たちにする仕打ちだろうか。
「俺たちの見た目だよ」
「四十歳……貴方たちは、私たち以上に長生きはできないの」
そういうこと、か。府に落ち、右目から一筋の涙が零れた。
抱き合ったまま、どのくらいの時間が経ったのだろう。静寂を破ったのは、神ではなくクラウだった。
「このこと、アレクとフレアは知ってる?」
「ううん、知らないと思う。トパーズとガーネットが伝えたなら別だけど」
「そっか……」
「アレクとフレアにも伝えるかどうかは二人に任せるよ」
クラウは答える代わりに、私を抱く手に力を込める。その中で、エメラルドは「ただ」と話を続ける。
「ただ、四人には忘れないでいて欲しいの。貴方たちは死に向かって生きてるわけじゃない。幸せを掴み取るために生きてるの」
「幸せ?」
「そう、幸せ。幸せになれなかったカノンやリエル、ノア、レイ、ライリーの分まで」
エメラルドとサファイアはほんわりと優しく微笑む。カノンとリエルは知っているけれど、他の三人が分からない。
「覚えてたんだ。ノアとレイとライリーのことまで」
「当たり前だよ。皆、俺の大切な分身だからね」
サファイアの言葉から察するに、そういうことだろう。
ごめんなさい、と伝わるようにクラウの顔を見上げてみる。すると、青と銀の瞳は優しく細められた。
「そんな顔しないで。ミユが悪いわけじゃない。全部、俺の前世が決めたことだから」
「でも……」
口にしかけたところで頭を抱き締められる。まるで何も言うなと言っているかのようで、それ以上話を続けられなかった。
堪らずに、クラウの服を両手で握り締める。
「そろそろ二人を帰した方がいいかな」
「そうだね~」
その声に反応して、ふと顔を神の方へと向ける。
「先にクラウだけ帰す。ミユはもうちょっとだけ待って」
「えっ?」
クラウには聞かれたくない話でもあるのだろうか。
疑問を口にする前にクラウの身体が光に包まれていく。ワープをした時と同じように、一瞬でその姿は掻き消えた。
私を包んでいた温もりまでもが消えていく。
「何でそんなに待ってくれないの?」
「クラウは勘が鋭いからね。もう気付かれてるかもしれないけど……念のためだよ」
「えっ?」
もう、頭の中は疑問符でいっぱいだ。
眉間にしわを寄せながらで首を傾げる私を、二人は真剣な表情で見詰める。
「さっき、弾みで寿命を告げちゃったからね。この際だ、知っておいた方がいいと思ってさ」
サファイアはぐいっと顔を近付けた。
「あの時に縮まった寿命は三年だ。それだけ」
「サファイア、いい?」
「うん」
頭が真っ白だ。何かを考えようとしても、思考が途切れて消えていく。
私はまたあの人を置いて逝かなければいけないのだろうか。どこかで覚悟はしていたはずなのに。そんな結末はあんまりだと考えてしまう。
溢れる涙に両手で顔を覆う。そのせいかか、現と夢の境目が分からなかった。
涙で滲む白い世界に気付いたのはヒルダの声が聞こえたからだ。
「ミエラ! どこか痛い? お願い、返事して!」
「お姉……様……」
涙声を振り絞ると、横たわったままわんわんと声を上げて泣き始めてしまった。止めたいのに止まらない。
つらい。苦しい。お願いだから、誰か助けて。未来を変えて。届かない願いは雪の降りしきる夜空へと消えていった。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する