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第25章 遠ざかる未来 / 第177話
フレアの悲哀に満ちた微笑みが忘れられない。しかし、それで俺の決断が鈍ることはない。背に腹は代えられないのだ。
フレアは素直な気持ちを訴えかけてきただけだから、まだ納得は出来る。問題はアレクだ。言ってきそうなことは想像に難くない。絶対にアレクの意見を通すことは出来ない。
迫る対峙を前に、大きく深呼吸してみる。間を置かず、砂利を踏み締める足音が聞こえてきた。
「入るぞ」
遠慮の言葉は全くなく、アレクが入ってきた気配を感じた。そのまま俺の正面に回り込むと、ドカリと腰を下ろす。
第一声は唐突に発せられた。
「オレが何を言いたいのか、オマエも分かってんだろ?」
その黄色の瞳は、すごむように俺を貫く。
「ミユだけじゃねーよ。オレらだって、オマエを犠牲にしたくねーんだ。フレアの話からも伝わっただろ?」
だから、アレクを犠牲にしろと言うのだろうか。まるで理屈が通っていない。無茶苦茶だ。
無言のまま首だけを振ってみせる。その間も視線を外したりはしない。
「寄越せ」
「嫌だ」
「寄越せって言ってんだろ」
「絶対に嫌だ!」
迫り来る手を咄嗟に払い退ける。途端にアレクの目は一際険しさを増した。
「オマエ、そんなに死にてぇのか!? 解呪の剣さえ渡せばミユと一緒にいられんだぞ!? 百年越しの願いが叶うんだぞ!? 素直になれよ!」
死にたい訳がない。願いを叶えたくない訳もない。しかし、己の欲望のために他者の未来を奪うなんて、出来る筈がないではないか。
「その言葉、そのまんまアレクに返すよ! そんなに死にたいの!? フレアを悲しませて、俺たちに罪を背負わせることになるんだよ!? アレクは分かってない!」
荒々しい声で思いを吐き出す。言葉を投げ付ける程に、アレクは苦虫を噛み潰したような顔へと変えていく。
これでようやく諦めただろうか。そう思ったのも束の間、アレクは予想外の言葉を口にし始めたのだ。
「『生きたい』って言ってくれ……」
先程までの威厳は何処へ行ってしまったのだろう。紡がれる声は切なさに震えている。
言葉を失ってしまった。
「『死にたくない』って言ってくれ……」
アレクに何が起きたというのだろう。
唖然とする俺を気にも留めず、大きな口は途切れがちながらも心内を紡ぎ出していく。
「オマエの方こそ分かってねぇみたいだから教えてやる。オマエが無茶しまくって、寿命縮めて、オレらがどんなに辛かったか。フレアなんかよー、泣かねぇ日がないってくらいだったんだぞ?」
そこまで言い切ると、アレクは俯いて前髪を掻き上げる。小さな溜め息まで漏らした。
「オマエの命はオマエ一人の物じゃねぇ。そんなに軽い物じゃねぇんだよ。こんなこと、終わらせられる筈だろ? 幸せになれる筈だろ? なのに……仲間が減って、悲しむヤツがいて。そんなの、もう、見たくねぇんだよ……」
涙こそ見せていないが、俺の心を揺さぶるには十分だ。こちらの方が泣き出しそうになってくる。
だからと言って、アレクに使命を擦り付ける理由にはならない。これは俺が成し遂げなくてはいけないことだから。カノンを守り切れずに、ミユにまで呪いを引き継がせてしまったこの俺が。代わりなんて、どこにもいない。
意を決して懐から解呪の剣を取り出した。ハンカチを捲ると、艶やかな柄と鞘がランタンの光を反射させる。それを胸に押し当て、すうっと息を吸い込んだ。
「これは元々、神様が俺にくれた物だ。アレクの物じゃない」
目前の人物に言い聞かせるように、正確に言葉にしていく。
「何を言われても渡すつもりはないよ。剣だけじゃない。使命も、重荷も、全部アレクには譲らない。もし、どれか一つでも取られたら、百年前から引き摺ってる後悔を振り切れなくなるから」
ミユを置き去りにする後悔よりも、遥かに重い後悔だ。俺自身がミユを守り抜けなくては、百年間も転生を繰り返してきた意味も失ってしまう。首を横に振り、焦点をアレクに合わせる。そこには覇気の全くない虚ろな瞳があるばかりだ。
「オレの気持ちは、伝わらなかったんだな」
「ごめん」
本当は『生きたい』『死にたくなんかない』と言ってやりたかった。
そんなことをすればアレクに『死ね』と言っているのと同じだ。絶対に出来はしない。
淀みきった部屋の空気に耐えきれず、剣をハンカチに包み直し、懐へと戻した。アレクに背を向けて出口を目指す。
「おい、どこに行くんだ?」
「外の風に当たってくる」
掛けられた言葉にも足を止めたりはしない。振り返ることもなく、白々しくかわした。
明かりも持たずにテントを後にし、呆然と歩く。辿り着いたのは、瓦礫の館の入口だった。そこへ、へたり込むようにして腰を下ろした。世界で一番、切ないであろう夜が俺を包み込む。
ネックレスに繋いだまま、指輪だけを手の平の上に転がす。この重みが酷く愛おしい。
「ミユ……」
呟きながら、きつく握り締めた。
たとえ命を失うことになろうとも、俺は本望だ。悲しいが、念願を果たせる。ただ、ミユを想うと不憫で堪らない。理由も分からずに、たった一人遺されるのだから。
「諦めないけど……それでも駄目だったら、ごめん……」
痛みが分かるからこそ辛い。胸が棘で締め付けられるようだ。でも、きっとミユは前に進める。傷つき、泣きながらも未来に目を向けられる。そう信じるしかない。いや、信じたい。
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