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第9章 過去 / 第355話
体力回復に、と眠気もないのに昼寝を試みる。意外と眠れるもので、目を覚ました時には日が沈んでいた。
部屋にいても、前世がまとわりついて思考が乗っ取られてしまう。誰かいないかな、と会議室に行ってみることにした。そこではサフィールとオーリが喧嘩をしていたのだ。椅子にも座らずに、オーリは地図の前で声を荒げる。
「渡したからって、何で全部使ってくるかなぁ!」
「渡されたら使ってもいいって思うじゃん」
「おれたちの旅は金欠だって知ってるよね!?」
何の話をしているのだろう。首を傾げていると、話はこちらにも飛んできたのだ。
「エルヴァさん、私には関係ないって顔してる!?」
「へっ?」
「サファイアの城下町で好きなもの食べまくったらしいね! 金欠なのに、どうしてくれるんだよ!」
オーリに言われて思い出す。何でも食べていいと言われて、遠慮を忘れてしまったことを。
「ご、ごめんなさい……」
私には謝ることしかできない。
サフィールは不服そうに首を傾げる。
「そもそも、俺たちに金銭感覚があると思ってる?」
「サフィールさん、開き直ってない!? 言われればそうなんだけど……!」
拳を震わせるオーリの肩を、サフィールは軽く叩く。そして、いつものように私の隣へ腰を下ろした。
「……トファーさんと夕食持ってくるから、大人しく待ってて」
恐らく、怒りは収まっていない。それでも、それ以上オーリは声を荒げることはなかった。静かに会議室から姿を消す。
「あんなに怒ることないのに。自分が蒔いた種なのにさ。ね、エルヴァ」
「う、うん……」
相手が悪かったとしても、一応、謝ることも必要だとは思うのだ。それなのに、サフィールを正そうとする言葉は出てこなかった。
間もなくして、ガルニアが姿を現した。質素な服装なのに、テーブルに着くその仕草には優雅さが染み出している。
「お腹ペコペコ。今日の夕食何かなぁ」
先ほどの喧嘩なんて全く知らないガルニアは、のんびりと腹部を擦る。そこへ、ラジエルもやって来て私の隣に腰を下ろした。手にしている小皿には数粒の薬剤が乗っている。
「はい。これ、今日の分の栄養剤です」
「ありがとう」
私の前にそれを置くと、ラジエルはにこっと笑う。
夕食後に飲もう。栄養剤をそっと端に寄せ、コップの水に口を付けた。
食事の時間になってトファーとオーリが用意してくれたのは、ハードパンとコーンスープ、野菜サラダ、それにローストポークだった。肉に対して、主食の量がかなり多い。文句の一つも言いたくなるけれど、トファーの境遇も知ってしまっている。何も言えずにパンをちぎった。
ここで、先ほどの決意を口にする。
「あの……」
「どーした?」
他の五人は食事の手を止めることなく、私を見る。
「みんなの昔話を聞いてもいい?」
私が小さく尋ねてみると、トファーとガルニアは顔を見合わせ、サフィールは瞼を瞬かせた。
トファーは小さく息を吐き、冴えない表情へと変わる。
「……オマエ、オーリにどこまで聞いた?」
「家から追い出されて、石を投げられてたところをオーリに匿われて、ガーネットのダンスを見に行って、ガルニアと出会って、ダイヤモンド・ブスカール号をもらったところまで」
「だいぶ聞いてんな……」
トファーはオーリに睨みを利かせる。
「仕方なくだって、仕方なく」
オーリも両手の平をトファーに向けて、降参を示す。
「ま、別にいいんだけどよー。ガルニアと会ったのは……オレが十六の時だった。その前は……まぁオマエらが知ってる通り、まともな人生は送れてねぇ」
トファーは頭を掻きながら遠くの方を見る。
「食うもんにも、飲むもんにだって困ったことはあった。でも、こうやって生きてんのはオーリのお陰だな」
「トファーさん、おれを褒めても何にも出ないよ?」
トファーはオーリと笑い、視線を地図へと向けた。
「ガーネットでダイヤモンド・ブスカール号をもらってからは、飛空艇の操縦はオーリに覚えてもらった。オレが学校なんてもんに行けるわけがねぇからな。ガーネットのオアシスで、オーリが操縦する船を見上げるのがその頃の日課だったな」
トファーは天井を見上げ、懐かしそうに目を細める。
「オーリが操縦を覚えるまでは、オレはダンス集団の裏方をしてた。着替えの手伝いをしたり、メイクを手伝ったりだな」
「トファーって、意外と手先が器用なんだよ」
「意外ってなんだ?」
腕を組むトファーに、ガルニアは小さく笑う。
「続けて?」
「あ? ああ。飛び立ってからは、日雇いの仕事をしてたな。主に荷物運びを」
「そのお陰で、あたしは合流後に食べ物にも困ったことはないの。結構いい報酬をもらえるみたいだから」
「って言っても、その時は三人、今は六人の大所帯だ。条件は同じじゃねぇ」
ここでオーリの金欠発言が尾を引く。同じ仕事で倍の人数が生活をしているのだ。十分な生活を送られる方が間違っているのだろう。
「誕生日はビーフステーキなんて豪勢なもんも食ったかもしれねぇけど、今年はそうもいかねぇな。食えても巨大なポークステーキだろ」
このところ、牛肉を食べていないので味を忘れそうになる。私よりもいいものを食していただろうに。王子様であるサフィールやラジエルもよく文句を言わないな、と今更になって感心してしまった。
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