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第29章 出逢えた奇跡 / 第185話
その闇色の瞳はミユを捉えて離さない。眼力だけで人を殺せそうな程だ。
千年がどうだとか、意味が分からない。最初から全員が噛み砕けるように話せば良いものを。千年の意味を解析しようとしていると、奴は右腕を動かした。
恐らく、攻撃を仕掛けてくる。
咄嗟にミユから身体を離し、氷の壁を作る。何発かの攻撃を遮ると、脆くも氷は砕けていった。飛び散る欠片一つ一つに、奴の狂気に満ちた顔が反射する。
「油断しちゃ駄目だよ」
ミユを見ると、真剣な眼差しで頷いてくれた。揃って臨戦態勢に入る。
「フレアは?」
「足を怪我して、動けなくなった。命には関わらないから大丈夫」
そういうことにしておかなくては、ミユはフレアを気にして身動きが取れなくなるだろう。きっと大丈夫だ。自分にも言い聞かせるように、断言する。
すると、奴の視線がミユから俺に移ったように感じた。
「ミユの前に、クラウ、君の動きを封じておこう。君は確実に私の枷となるだろうからな」
ぬらりと身体をくねらせると、奴は目の前から姿を消した。どこに行ったと思っている間もなく、眼前が奴の顔で覆われる。吐息がかかりそうな程の近さだ。
「その女は、本当に君を必要としているのか? どうせ死ぬ運命なのに、滑稽だな」
一言皮肉を言うと、瞬間移動で先程の位置に戻る。
許せない。お前が勝手にミユの気持ちを――運命を決めつけるな。
「俺のことは何とでも言って良い! でも、流石に今のは許せない!」
「間違ったことを言ったつもりはないが」
「お前に人の心は無いのか!?」
「そんなものは、とっくの昔に捨てた」
奴は吐き捨てると、哀れなものを見るような目で俺を見下す。
「……いや、あることにはあるな。負の感情だけだが。君たちには分からないだろう。その負の感情が、どれほど根深いのかを」
「そんなもの、知って堪るか!」
「まあ良い。地の魔導師が千年の眠りに就くのならな」
また出た。千年という言葉が。
ミユは眉間にしわを寄せ、小首を傾げる。
「千年ってどういう意味? 私には、訳が――」
「君たちは、影の最期の言葉を覚えていないのか?」
覚えていないのではない。思い出したくないのだ。影を思い出そうとすると、カノンの血に濡れた姿が先に思い出されてしまう。
首を振り、唇を噛む。奴に弱みを見せたくないが、これが俺の表現し得る最大限の努力だった。
「良いだろう。一度だけ、だ。『その呪いは千年続く。そして、永遠に回り続ける』」
千年、永遠――駄目だ、この言葉だけでは理解出来ない。
ミユも同じ思考に到達したのだろう。疑問を重ねていく。
「呪いが千年続く? 永遠に回る? 矛盾してない?」
「いや、影の言い回しが悪いだけだ。正確には……」
奴は息を吸い込み、悪魔のような笑みを浮かべる。
「その呪いは、千年間、転生することを許さない。そして、それが永遠に回り続ける」
奴から笑みが消えた。まずいと思っている間にも、攻撃の矢は降り注ぐ。
ミユが岩の壁を出してくれたお陰で、難を逃れはした。しかし、今回の攻撃だけで、分厚い筈の岩は音を立てて崩れてしまった。光も一緒に見て取れる。
「でも、私は百年で転生出来たよ? どうして――」
「千年だろう!」
奴の怒りの力とともに、闇が増大していく気配を感じた。このままでは殺られる。
奴が闇の球を放出するのが先か、俺が水球を繰り出したのが先か。引かれるように二つの珠は激しくぶつかり合う。衝撃は暴風を伴い、俺たちに襲いかかる。
受身を取る間もなく、身体は弾き飛ばされた。足が浮き、水滴が身体にかかる。背中から大地に激突し、一瞬だけ呼吸が止まった。
「ミユ!」
彼女も隣で呻き声を上げていた。顔をしかめ、何とか身体を起こそうとしている。しかし、怪我が邪魔をしているようだ。
こうしている間も奴は攻撃の手を休めない。先程の衝撃を受けた筈なのに、闇の珠は感覚を開けながら放たれる。それに対抗するかのように、氷の珠で打ち消していく。
「君の魂が、時間が十倍の速さで進む異世界に転生したのだ! 異世界で千年を過ごし、こちらに戻ってくるとは! 笑わせてくれる!」
最後の一発、とでも言わんばかりに、一回り大きな闇の球が放たれた。こちらも力を倍増させ、氷の珠で応酬する。
まさか、そんなことが。異世界の時が十倍の速さで進むなんて。俺は知らなかった。
では、もしミユが異世界ではなく、この世界に転生していたのだとしたら――俺は百年どころか、千年間も彼女を探し回っていたことになるのだろうか。途方もない時間に、目が眩みそうになる。
いつの間にか、奴の視線はミユを追っていた。
「君が余計な事をしてくれたお陰で、私の計画は狂ってしまった! さっさと消えろ!」
「お前の相手は俺だ!」
自分で言った言葉も忘れる程、奴は怒り狂っているのだろう。それならば、挑発するのみ。
「お前が自分のことしか考えられないからだ!」とでも言ってやろうかとした時、遠くから味方の声援が入るのだ。
「オマエのくだらねぇ計画のせーで、コイツらがどんな想いしたと思ってんだ!?」
「そうだよ! 許せない!」
気持ちは嬉しいが、下手に奴の気を逸らされてはまずい。せっかく、刃の矛先が俺に向いているのに。二人に怒りが向いてしまえば、それこそ殺されかねない。
「駄目だよ! 話に入って来ちゃ駄目!」
俺の代わりにミユが叫ぶ。
奴は二人を蔑んだ目でチラリと見ると、つまらなさそうに口を開く。
「そんな想いの方がくだらない。意味が無い。死にたくなければ、そこで黙って行く末を見ていろ」
くだらないなんて、絶対に言われたくない。恋人を殺された怒りや憎しみがどれ程のものか、分っていて言っているのだろうか。
怒りが爆発しそうになった頃、思わぬ人物が口を開くのだ。
“ふざけるな~っ! ……あっ”
俺が聞き間違える筈がない。愛おしいと想っていた人、何度も聞きたいと思っていた声――間違いなくカノンの声だ。
呼応するかのように、俺の胸が熱くなる。
“カノン!?”
“えっ!? リエル!”
まさか、ミユの中にもカノンが宿っているとは思わなかったのだ。驚いてミユを見てみると、彼女もまた目を丸くして俺を見詰めるのだった。
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