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第29章 出逢えた奇跡 / 第186話
何故、早く教えてくれなかったのだろう。自分勝手な思いが募っていく。
「ミユ、なんで教えてくれなかったのさ」
口をついて出ていた。
「だって、言う必要はないって思ったし、クラウだって教えてくれなかったし」
「それは……そうだけどさ」
俺も教える必要はないと思っていたのだ。ミユを責めるのは間違っている。
今にして思えば、リエルには不審な所があったのだ。俺に話しかけてくる時には、周りには誰もいなかった。リエルの声が俺だけではなく、他者にも聞こえると分かっていたのかもしれない。
すぐに相談してくれてさえいれば、ゆっくりと二人で話をさせてあげられたのかもしれないのに。百年前の自分のことながら『馬鹿だな』と思う。
と、呑気に会話をしている場合ではなかった。ここは戦場なのだ。感動的な再会も、奴には通用しない。
「しぶとい奴だ! また殺られに来たのか!?」
何度目かの闇の球がこちら目がけて迫りくる。慌てて氷の壁をそそり立たせ、なんとか防いだ。
「邪魔をするな!」
この機を逃せば、会話なんて出来ないのかもしれないのだ。この時が、俺の考えが変わった瞬間だったのかもしれない。
臆することなく、カノンも声を張る。
“殺されに来た筈がないでしょ!? 私、身体ないから殺られないもん!”
ミユの怯えた表情からは想像も出来ない。荒々しく言い返す。なのに、何だか気が抜けてしまうのは俺だけだろうか。
これだけではカノンの勢いは止まらない。
“それに、ミユも殺させないもん! 私、頑張ってチキュウに行ったんだから!”
カノンの口調が強まるにつれてミユの瞳は潤み、感情の粒が零れ落ちる。身体も小さく震えているようだ。
“世界を、時を超えてでも、早くリエルに逢って謝りたかったの! くだらないなんて言わせないんだから! 千年も生まれ変われないなんて……知らなかったけど……”
そんな。言葉が出て来ない。
『チキュウ』――恐らく、ミユが生まれ育った異世界の名だろう。では、彼女は俺のために異世界へ移動し、生まれ変わってくれたと言うのだろうか。スティアでの千年を百年に短縮することが出来るから。
ミユと出逢えた奇跡を起こしてくれたのは、カノンとミユだったのだ。本当に苦しんできたのは俺ではない。彼女たちの方ではないか。一気にミユの身体を強く抱き締めた。誰にも邪魔はさせまいと、氷の障壁も張り巡らせる。
「ミユ」
“カノン”
ミユは声を上げて泣きじゃくっていた。
俺の瞳からも涙が零れる。悲しみのせいではない。感動の雫だ。
“カノンが謝ることはないよ。謝らなきゃいけないのは、俺の方だから……”
「ごめん」
“ごめん”
何も出来ずに死なせてしまった挙げ句、苦心まで背負わせてしまって。こんなにも俺のことを考え、世界をも超越し、俺の苦しみの時間を十分の一にまで減らしてくれたのに。最悪、孤独が千年も続こうものならば、俺は転生することさえ止めていたかもしれない。
それなのに、ミユは髪が乱れる程に首を振り、切なげな瞳で俺を見上げる。
“何で謝るの!? 酷いことをしたのは私なのに……!”
カノンの言葉に同調し、ミユは何度か頷いた。
「ごめんね」
“ごめんね”
酷いことをされた覚えなんて何もない。それを伝えるために首を軽く振る。今まで背負ってきた重荷がすうっと取り除かれていくようだ。
轟音が鳴り響き、氷の障壁が崩れ去る。その向こう側には、苛立ちを隠さない奴が立っていた。
「くだらないものをくだらないと言って何が悪い! 早く消え去れ!」
「話はまだ終わってない!」
叫ぶと、再び氷を周囲に張り巡らせる。
奴は本気だ。俺一人が魔法で立ち向かって敵う相手ではない。いつミユの体力が尽きてしまうかも分からない。四人揃って生還するなんて甘い考えは捨てよう。
懐にしまってある『解呪の剣』に思いを馳せ、深く息を吸い込んだ。それを引き抜けば、もう後戻りは出来ない。生還なんていう言葉はない。
「リエル。手伝って」
“やるの?”
「うん」
“……そっか”
リエルにだけ通じるように、端的に会話を終わらせる。明日以降はもう見ることも叶わないミユに、もう大丈夫だからと再び笑顔を向けた。そんな俺に、ミユは首を傾げるばかりだ。俺にも笑顔を向けて欲しかったのだが、この状況では仕方がない。
さあ、希望への橋を架けよう。まずはミユから神の玉を奪い取らなくては。
「ミユ、神様に何か貰わなかった?」
「羽根の事? それなら、さっきルイスに……」
「違うよ。なんて言ったら伝わるかな。……そうだ、ビー玉みたいな石」
「えっ?」
直接「神様に魔法の玉を貰わなかった?」とは聞けなかった。
すぐに察しがついたのだろう。ミユは訝りながらも懐に片手を伸ばし、目当ての物を探り当てたようだ。
「ひゃっ」
彼女の小さな悲鳴が漏れると同時に、手のひらには淡く緑に発光する玉が乗せられていた。光を放っているということは、地の魔力が十分に蓄えられた証拠だろうか。
いや、考えていても仕方がない。発光体を見詰めたまま、そっと口を開いた。
「ミユ」
こんなの、絶対に卑怯だ。それでも──。
「愛してる」
想いを伝えずにはいられなかった。強引に唇を重ね、思考が停止したであろうミユの手から玉を奪い取る。この時間が永遠に続けば良いのに。そんな風に思ってしまう。
次の瞬間には、氷の壁は消し飛んでいた。目も開けていられない程の爆風が吹き荒れる。
攻防を繰り広げた花畑は、もはや花畑ではなく荒野になり果てていた。その先に立つ奴を目で捉え、離さない。
「お前は俺が殺す。ミユは殺させない」
「勝手に息巻けば良い。私を殺せばミユは死ぬぞ?」
「まだ決まった訳じゃない」
「何を根拠に」
根拠はある。ただ、口には出来ないだけで。勝手に鼻で笑っていれば良い。
「ミユ、下がってて。あいつの相手は俺がする」
「えっ? でも――」
「良いから」
ミユが巻き込まれれば一巻の終わりだ。それだけは避けなくてはいけない。
“ミユ、行こう”
カノンの囁きが聞こえると、ミユは徐々にではあるが後退を始めた。カノンがやっているのだろう。でも、それで良い。
「良い度胸だな。絶対に君は死ぬぞ」
「それは覚悟のうえだ」
そんなことは言われなくても分かっている。
“俺も死ぬ気で行くから”
「あはは……。もう死んでるじゃん」
“だから、『つもり』だって”
まだリエルと冗談を言い合える余裕があるとは。
風が俺たちのマントを靡かせる。その静けさの中で、一歩を踏み出した。
「うわあぁぁ!」
咆哮は共鳴し、空気を震撼させる。
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