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第7章 陰謀 / 第298話
鼻息を荒くするジャックに、クラウは少しだけ口角を上げる。先ほどとは立場が逆転したように感じられた。
「今まで一言も話さなかったのに。どういう心境の変化だ?」
視線をまっすぐ向けるクラウに、ジャックは唇をぐっと噛む。
「お前が話すまで、ここに居座るだけだけどな」
黙っていても時間を無駄にするだけだ。ジャックに逃げ場はない。だから、早く話して。祈るような気持ちで、私は左の拳を胸の前へと持っていく。
今度はレオニスが言葉を紡ぎ出す。
「ミエラを誘拐する理由はどこにある? それとも、ただ殺したかったのか?」
「……両方だ。主は誘拐、俺は殺害を目論んだ」
「えっ……?」
一気に背筋が凍りつく。今、ジャックは確かに『殺害』と言った。ジャックの犯行現場にはリアナがいて、下手をしたら彼女は殺されていたのだろう。私のせいで。
でも、殺したいと思われる理由が分からない。
まるで心が黒い渦に捕らわれていくかのようだ。何も考えたくないし、考えられない。
「私、貴方に何かした?」
「人を殺しておいて、よくそんなことを言えるな」
ジャックのその言葉が衝撃的すぎて、景色が一瞬、揺らいで見えた。私が人を殺したというのだろうか。一体、誰を――。
「忘れたとは言わせない。エメラルドに地震が起きた時、貴女はどこにいた?」
一瞬にして恐怖が甦る。高熱で自由が利かない身体、大きな揺れで音を立てる家具、私に覆い被さるアリア――あの時、私は何もできなかった。
「そっちの次期公爵もだ。あの時、貴方は何をしていた?」
「……あの地震は、俺たちにも察知出来なくて――」
「言い訳なんていらない! 魔導師だけは地震を止められたんだよな?」
言い返す言葉が見つからない。きっと、ジャックはあの地震で誰かを失った。だから、私たちが地震から逃げたと思い込んでいてもおかしくはない。実際、私たちは何の力も発揮できなかった。ジャックにしてみれば、私たちは地震からも、責任からも逃げ出した、ただの裏切り者なのだろう。
「ジョエルはエメラルドに知人がいないから、怪我なんて生ぬるい事件で終わらせたが、俺はこの手で……」
ジャックは獲物を見るかのような鋭い瞳で私を貫く。なんとなく分かった。逃げ場がないのはジャックだけではない。私も、クラウも同じなのだろう。
頭が働かず、ジャックが新しい情報を口走ったことにも気付かなかった。
「ジョエル?」
レオニスが訝る。ジャックはしまったと言わんばかりに舌打ちをする。
「いや、こっちの話だ」
もしや、ジョエルが私を傷付けた張本人なのでは。そう思い至るのに時間はかからなかった。
嫌でも思い出してしまう。低く脅す男性の声、身体を締め付ける腕の力、鈍く光るナイフの刃――ジョエルが捕まるまで、主が捕まるまで私の事件は終わらない。腕を抱えながらも、膝が折れそうになるのを必死に耐える。
私の異変を察してくれたらしく、クラウがこちらへ駆け寄ってきてくれた。険しい顔をしながらも、小刻みに震える手で私の肩を抱く。
そして、ジャックは再び口を閉ざしてしまった。焦燥と罪悪感に苛まれている私たちを嘲笑うかのようだ。
レオニスは深い溜息を吐き、ちらりと私たちを垣間見る。そのまま壁に立てかけてある剣に手を掛けた。片手でそれを持ち上げると、切っ先をジャックの右腕へと持っていく。
「どうしても吐かないと言うのなら……貴様にミエラと同じ痛みを」
「……公爵!」
「ミエラは黙っていなさい」
いくら犯人と言えど、人が傷付くところは見たくない。同じ痛みを与えるなんて意味がない。レオニスはこちらに背を向けているので表情は分からない。それでも、声だけで堪忍袋の緒が切れたであろうことは理解できた。
「吐くのか? 吐かないのか?」
低く唸るレオニスに、ジャックは苦渋に満ちた表情を返す。ジャックは何をされても白状しない算段なのだろう。
とうとうレオニスは真一文字に剣を振るう。しかし、ジャックの悲鳴は聞こえないし、血の匂いも広がらない。
「それほどまでに頑なな態度、主への恩と尊敬は凄まじいはずだ」
ジャックは拍子抜けしたようにレオニスを見上げる。
「エリステル伯爵」
たった一言で、ジャックは僅かに目を見開く。
「ジョエルという従者、ジャックという右腕を持つ者は、主犯と成り得る貴族の中でエリステル伯爵だけだ」
レオニスは剣から手を放し、その手を腰に持っていく。剣が床に転がる重たい音が部屋に響く。
「主犯を引き出せたのはクローディオとミエラのお陰だ。二人とも、よくやった」
私たちは犯人を突き止められたのだろうか。あまり実感がない。それなのに、身体から力は抜けていく。微笑むレオニスをよそに、クラウと一緒に、床に崩れ落ちてしまった。
「エリステル伯爵……申し訳……ありません……」
ジャックの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。彼にとって、エリステル伯爵がどれほど大切な存在なのかは分からない。ただ、私は思う。きっと、地震で大切な人を失ったジャックの心の穴を埋めてくれた存在なのだろうな、と。
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