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第3章 一閃 / 第338話
緊張の中で深夜を越え、朝を迎え、太陽が天を通る。窓は雲に覆われ、下界の様子は見えない。ただ、室内が肌寒く感じる。
誰かに言って、空調を上げてもらおう。会議室に向かう途中で、オーリに出くわした。
「オーリ。寒いの」
「うん。サファイア上空だからね」
両腕を擦ってみても、オーリはにっこりと微笑むだけだ。求めた答えは返ってこない。堪らず、直接的な言葉を並べる。
「室温上げられない?」
「あー、無理だね」
オーリは肩を竦め、首を横に振った。外はそんなに寒いのだろうか。雪国だとは聞いているけれど、ここまでだとは。
「寒かったらコート使う?」
「うん」
私が即答すると、オーリは踵を返す。そして、どこかの部屋から緑の厚手のコートを取り出し、私に渡してくれる。
「ありがとう」
「……エルヴァさん」
「何?」
「もしものことがあったら困るから、これも渡しておく」
オーリの手の中にあったのは、一振りの剣だった。私の手の中にやってきたその銀の剣は、ずっしりと重い。
険しい表情をするオーリに、口角を上げてみる。
「本当は使いたくないけどね。ありがとう」
「いや、礼を言われるようなことはしてないよ」
オーリは頭を掻いたものの、しっかりと笑ってくれた。
* * *
「いいか? 無理に引き込まなくてもいい。今回は初手の一発だ。危ないと思ったら、すぐに飛空艇に引き返せ」
「分かった」
格納庫の中で真剣な目を私に向けるトファーに、しっかりと頷いてみせる。
「無事に戻ってきてね」
「うん」
両手を胸の前で握るガルニアにも、同じように頷いてみせた。
「エルヴァさん、行くよ」
オーリに親指でエスペランサ号を示され、ゆっくりと足を動かし始める。大丈夫、きっと上手くいく。無理だと思った瞬間に、希望は絶望に変わるものなのだから。
エスペランサ号に乗り込み、飛び立つとタラップの前で待機をする。オーリの指示があれば、すぐに地上に向かえるだろう。腰にはしっかりと剣も携えている。自然と、その柄を片手でしっかりと掴んでいた。
プロペラの音が聞こえ始めて、十数分経っただろうか。エスペランサ号の動きが止まったように思われる。続いてタラップが動く。広がっていく視界には、一面の白と星空があった。吐いた息までもが白く変わる。他の景色を眺める余裕はない。
「エルヴァさん、おれはここで待機してるから。危なくなったら、すぐに戻ってきて」
遠くでオーリの声が聞こえた。それを合図にタラップを降り、白に足を踏み入れる。雪が小気味の良い音を鳴らし、沈んでいく。
城の屋上の出入り口なのだろうか。ほのかに明かりが見える。その中に、誰かがいる。
きっとサフィールだ。ぐっと口を結び、一歩一歩、足を進める。
レイヤーがふんだんに入った、金の長髪――高身長ではあるものの、宮廷服を着ていなかったら女性と間違えていたかもしれない。
「お呼び立てして申し訳ございません。エルヴァと申します」
コートの上からワンピースを摘まみ、膝を折った。月明りの中でも分かる青とアイスブルーの穏やかなオッドアイが私を貫く。
「……戦争を止めたいって?」
心地のいい柔らかな声に、小さく頷いてみせる。
「ただのトライドールに何ができる? 俺だって兄さんを止められないんだ。君に止められるはずがない」
吐き捨てるように、サフィールは零す。彼には兄がいるらしい――と、分析している場合ではない。
「私だけじゃないんです。他にも二人のトライドールが一緒にいます。一緒に……来てくれませんか?」
あくまでも、サフィールの自主性に従うのみだ。なるべく優しさを出せるように言ってみたつもりだった。それなのに、サフィールの視線は下がる。
「一緒に来てくれって頼みに来る人が、普通、剣を持ってる?」
「あの、これは……」
ここでしまったと思った。王子様だとはいえ、サフィールもトライドールだ。どんな境遇にいたか知れたものではない。
私だって、エメラルド城に幽閉された時は殺されるかもしれないと思った。それなのに。
これは護身用の剣だとも言えない。サフィールを疑っていますと言っているようなものなのから。
私が口ごもったのを見て、サフィールの目が細められる。
「まあ、いいや。腕試しついでに」
サフィールは右手を腰に当てた。私と同じく帯剣していたのだ。
「剣で俺を説得してみせてよ」
そして、サフィールは剣を抜く。月明りが剣を鈍く光らせる。
「ただし、俺を傷付けたら……分かってるよね?」
傷付けずに、私の技を見せろ。そう言いたいのだろう。
ここで飛空艇に逃げ帰れば、サフィールの信用を失ってしまう。二度と話す機会は与えられないだろう。やるしかない。
「……本気で行かせていただきます」
私も剣に手を掛け、引き抜いた。両手で握り、間合いを取り、息を詰める。剣同士は触れていない。
サフィールを切り付けずに一閃を見舞うには、かなりの練度がいるけれど、私のできない範囲ではない。
サフィールは微動だにしない。ただ、私を一心に見詰めているだけだ。最初に踏み込んだ方が負け――分かってはいるものの、私が動かなくては場が決まらないだろう。
一太刀で説得してみせる。慣れない雪の上で、床を蹴った。右側から回り込み、サフィールの側面に飛び込む。そして彼の眼前で剣を振ると、彼もまた真一文字に剣を振るう。
サフィールの横髪が切れ、はらりと雪に落ちた。
「まあまあ、といったところかな」
サフィールは剣を収め、ゆっくりと瞬きをした。私も剣を仕舞い、細い息を吐き出す。
「剣の技術は分かったけど、問題はまだ――」
「サフィール、何事だ!?」
集中していて、サフィール以外に目を向けられていなかった。出入り口付近に、大勢の人が集まっていたのだ。
「……兄さん!」
「貴様、何者だ!」
銀の長髪の男性が声を張り上げる。逃げなくては。そう思った時には、既に騎士に取り囲まれていた。首に重たい衝撃を受け、視界は暗闇に沈んでいった。
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