読み込み中...
読み込み中...
第3章 一閃 / 第339話
目が覚めた時に感じたのは冷たい床、凍えるような空気だった。
「ん……」
視界に映ったのは石造りの天井、そして、鉄の柵――私は牢屋にでも捕らえられたのだろうか。
「やっと目覚めたのか」
凛と響く声に視線を動かしてみれば、アイスブルーの瞳が見えた。
「あの……?」
「貴様の申し開きなど、聞くまでもない。俺は貴様がサフィールに刃を向けていたところを見ていたからな」
その人は銀の長髪を手で掻き上げ、私を見下ろした。
一気に先ほど起きたことを思い出す。サファイア城の屋上で王子であるサフィールを説得したこと、サフィールと一閃を交えたこと、サフィールの兄が乱入し、私を気絶させたこと――この人は私の敵だ。脳が瞬時に判断し、身を縮こませる。
「何より、地のトライドールであること……それ自体が罪だ」
青年は口角を吊り上げ、私に軽蔑の眼差しを向けた。
「貴様は三日後に公衆の面前で死罪。凍死か暴行死か、はたまた飢え死にか……見ものではあるな」
「死……罪……?」
私はそんなに重大な罪を犯した覚えはない。確かにサフィールに刃を向けたけれど、本人の合意の元だ。地のトライドールであることが死罪の原因であるのなら、それこそ理不尽なものはない。
青年を睨みつけてみるものの、頭に血が上ってしまって言葉が出てきてくれない。青年は鼻で笑うと、身を翻す。
「いっそのこと……サフィールも葬ってくれればよかったものを」
「えっ……?」
自分の弟をそんなふうに見ているだなんて。信じられない。それと同時に思う。この人はトライドール自体を忌み嫌っているのでは、と。
拳を握り締め、去り行く青年を見詰めるしかなかった。
静まり返る牢屋の中で身体を震わせる。捕らえられた時にコートを奪われたらしい。息を吐いても白くなるまでの室温ではないとはいえ、寒いものには変わりない。
オーリは逃げきれただろうか。今頃、トファーとガルニアはどうしているのだろう。私を助けに来てくれるだろうか。疑問ばかりが顔を覗かせる。
「助けて……」
弱音までもが漏れてしまう。
どれくらいの間、そうしていたのかは分からない。窓もない牢屋の中で、時間の感覚はなくなっていく。睡魔に抗うこともせず、そっと瞼を閉じた。
眩い光の中で、焦げ茶髪の女性と金髪の男性が寄り添っている。
「困ったことになったな……」
「う~ん……」
やはりこちらに背中を見せているので、顔を窺い知ることはできない。
「うーん、俺が何とかするよ」
「どうやって?」
「あの子を説得する」
光は溢れ、二人の姿は見えなくなっていく。
「大丈夫、安心して」
男性の声は遠ざかっていき、目を開けた時には石の天井が映る。
今のはただの夢だったらしい。温かくなったはずの心は一気に冷めていく。心だけではない。身体も冷え切っている。
食事も用意されたけれど、カビだらけのパン一つだ。空腹で雷のような音は鳴るのに、心が、身体が食事を受け付けない。水も冷たすぎて、少ししか飲めない。
このままでは、死罪になる前に獄中死するのではないだろうか。そんな絶望にも似た感情が心を満たしていく。瞼を閉じて、深呼吸をする。落ち着け、私。きっとオーリたちが助けに来てくれる。微かな希望だけが今の私を生かしていた。
何度、夜を越えたのかは分からない。身体を横たえ、虚ろな瞳で天井を眺める。そんなことしかできなくなっていた。
ある時、足音が聞こえ、視線を動かしてみる。現れたのはオーリたちではない。銀髪の王子だ。
「立て」
無慈悲に言い放ち、私を見下ろす。
立てるものなら立っている。もう、私にはそんな力は残されていない。瞬きをし、もう一度、天井に目を遣った。
「おい、こやつを牢屋から引きずり出せ」
見張りの騎士だろうか。誰かが私の身体を抱き、引き寄せる。
「大丈夫ですよ、エルヴァ」
耳元でその人が囁いた。
騎士の顔を見上げてみると、兜の奥にはアイスブルーの瞳――サフィールの兄に似ているようでいて、もっと穏やかな目だ。
騎士は兜を脱ぎ捨て、床に転がした。銀の長髪が目を引く。
その人物の登場に、サフィールの兄は目を丸くする。しかし、すぐに冷静さを取り戻したようだ。
「ラジエル。どうしてここに来た?」
「勿論、エルヴァを助ける為です」
この人が私を助けてくれるのだろうか。でも、一体なぜなのだろう。理由が分からず、二人の行方を見守る。
「地のトライドールを助けることが何を意味しているのか分かっているのか? 立派な反逆罪だぞ。まさか、サフィールにそそのかされて――」
「当たりだよ」
そして、足音が響く。何とか視線を動かしてみると、牢の前にはサフィールの姿があった。
「一対二でどっちが勝つと思う?」
「貴様……!」
「ラジエル、行こう」
「うん」
会話が終わると、身体がゆらゆらと揺れ始める。ああ、これで安心してもいいのかもしれない。もう疲れてしまった。重たい瞼を開けていられず、視界は暗闇に閉ざされた。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する