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第19章 崩壊への道(中編) / 第160話
俺が再び意識を取り戻した時には、既に日付は変わってしまっていた。木漏れ日が降り注ぎ、倒れたままの俺たちの身体に光の模様を作る。
「う……」
呻き声を上げながら膝と両手を地面に付き、何とか起き上がった。近くでも物音がするから、ヴィクトとアイリス、それに使い魔たちも目を覚ましたのだろう。
しかし、カノンは――。
「……カノン! 目を開けて!」
すぐさま近寄ってカノンの身体を抱き抱えても、ぴくりとも動こうとはしない。
このまま目覚めなかったら。そんな恐怖までもが沸き起こり、強く揺さぶってみる。それでも駄目だ。
こちらに近付いてきた六人を気にも留めず、声をかけ続けた。
アイリスが口を開いたのは、それから間もなくのことだ。
「何……この、痣……」
カノンの胸を指差して声を震わせる。同時に視線を移動させると、その先には確かに、いくつもの円を組み合わせたような赤黒い痣が浮かび上がっていたのだ。
こんな痣は今まで見たことがない。
「カノン! カノン……!」
怖くて堪らない。どうか目を覚ましてくれ。心の中で必死に叫びながら、カノンの身体を揺さぶり続ける。
すると、閉じられていた瞼がゆっくりと動き始めた。その下から緑の瞳が姿を現す。
一時はほっと胸を撫で下ろしたが、まだ安心は出来ない。声をかけても、虚ろな瞳がこちらを向くだけなのだ。
「カノン、何があった!? 影に何された!?」
少しでも反応してくれと、カノンを抱く腕に更に力を加えた。
カノンは一度、僅かに首を傾げる。そして、ゆっくりと正面に向き直って俯いてしまった。何か思い詰めたような、そんな表情だ。この直後、カノンの様子は豹変してしまう。
カノンは目を吊り上げ、傍らにしゃがみ込んでいたアイリスを見る。俺の腕を振り払うと、その手でアイリスの頬を平手打ちしたのだ。
「貴女、そんなに私が憎いの!? なんで、こんなに酷いことが出来るの!?」
アイリスは赤くなった左頬を庇い、涙を浮かべる。
「なんのことを言ってるの?」
「影と一緒にいたでしょ!?」
「知らない……。ホントだよ」
影と一緒にいた。カノンは確かにそう言った。俺が夜中に目覚めた時には、女性陣はどこにも見当たらなかった。そうなのだが、アイリスが敵である影と行動を共にすることなんて有り得るのだろうか。
カノンが再び右手を振りかぶるので、慌ててその手首を掴む。怒りに染まった瞳は、今度は俺の方へと向いた。
「離して!」
離したら、アイリスを打つのだろう。理由がはっきりするまでは、暴力を続けさせる訳にはいかない。
「お願いだから、離してよぉ!」
カノンの瞳には涙が溜まっていく。
首を横に振ってみせると、カノンの表情は絶望に染まっていった。
その隙に、ヴィクトがアイリスを引き離す。使い魔たちも困惑するばかりだ。
「なんで!? ねえ、なんで!?」
叫び声を上げ、カノンはじたばたと暴れる。それも僅かな間で、抵抗を止めて静かになった。手からも力が抜けて、だらりと地面に落ちる。緑の瞳からは静かに涙が流れていた。
もうアイリスに暴力を振るうことはないだろう。カノンから手を離す代わりに、彼女の頭を優しく撫でる。
「何があったのか、話してくれる?」
「……お願い。一人にさせて」
「でも――」
「お願い」
カノンは理由を全く話そうとはせず、そっと瞼を閉じる。その身体は光に包まれ、一瞬で掻き消えた。
「えっ?」
単独行動はまずい。影に捕まりに行くようなものだ。
「どうしよう!」
カノンの行く宛ても分からず、おろおろと辺りを見回すばかりだ。そこへアリアが立ち上がり、力強い瞳を俺へと向ける。
「リエル様、落ち着いて下さい。カノン様は私にお任せを」
今度はアリアが瞬く間にワープを果たす。残された俺たちは為す術もない。
使い魔は主の――今は、アリアはカノンの居場所を把握出来る。とにかく、カノンにはアリアがついているから大丈夫だと信じよう。
それよりも確認しなければならないことがある。ヴィクトに付き添われて間を取ったアイリスに目を向けた。
「アイリス、影と一緒に居たって、ホント?」
「リエルまで疑うの!? あたしは知らない!」
「証人は?」
「サラだよ。ずっとあたしと一緒にいたから」
いつの間にかアイリスの傍へと駆け寄っていたサラに視線を移すと、サラは無言で大きく頷いた。嘘は吐いていないだろう。
「じゃあ、なんでカノンはあんなことを?」
「夢でも……見たんだろうぜ」
「夢?」
「影に襲われたんだ。何も不思議なことじゃねぇ」
ただの『夢』として対処して良いのだろうか。カノンの様子も、ただの『夢』だけでは済まされない混乱ぶりだったのだ。身の振り方が分からない。
「とにかく、カノンが戻ってきたら話を聞くんだ。それしかねぇ」
「うん……」
カノンは本当のことを話してくれるだろうか。芯がぶれないのは良いが、強がってしまう部分がある。そのコリを俺が解してあげなくては。
「リエル様なら出来ますよ」
まるで心を見透かすように、カイルが優しい眼差しを送ってくれる。カノンは俺にだけは真実を話してくれる。そう信じよう。
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