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第13章 成り上がりの次期公爵夫人 / 第317話
「う~ん……」と唸っていると、リネットが私の手を掴んだ。
「でも、そういうのも今日から考えないようにするから。ミエラが嫌なら」
「……うん。ありがとう」
私の気持ちが伝わったのだろうか。頷いてみせると、リネットとアンジェラは顔を見合わせて、頬をピンクに染めた。
ところが突然、リネットとアンジェラが驚いたような顔をしたのだ。私が何かをやらかしてしまっただろうかと、不安を煽られる。しかし、そうではなかった。
「ミエラ」
囁き声と共に、肩を軽くたたかれる。振り返ってみると、そこには少し険しい顔をしたヒルダがいたのだ。
「ちょっと来て」
そう言うなり、私の片手を引っ張り始める。
「お、お姉様?」
「いいから」
その場にリネットとアンジェラを残し、そのままヒルダに廊下まで引き摺り出されてしまった。ヒルダは会場の扉を閉め、にぎやかな部屋と静まり返った廊下を隔てる。
「メイベルとルイーザが消えた」
囁くと、眉間に皴を寄せる。
「何か嫌な予感がするんだよね」
「えっ?」
メイベルとルイーザという名に心当たりが全くない。首を傾げるばかりだ。
「ちらっと左の方に曲がってくのが見えたから、こっちだと思うんだけど」
ヒルダは方向転換をし、会場から出て左の方へと一人で歩いていってしまう。私も慌てて後に続いた。
「嫌な予感って――」
「しっ!」
あまり声を立てたくないのか、ヒルダに短く遮られてしまった。二人の気配を探るように、ヒルダはゆっくりと廊下を進む。すると、微かに女の人の話し声が聞こえてきたのだ。
「ねえあの子、すっかり次期公爵夫人の顔してるじゃん」
「ただの偶然のクセに」
「たかがエメラルドの伯爵家の娘でしょ? 田舎者じゃん」
「よくルーゼンベルク公爵もお許しになったよね」
確実に私の話をしている。右手を胸に押し付けてしまった。
「成り上がりの次期公爵夫人! あの子にピッタリじゃない?」
「あはは! 笑える! イライザ様が次期公爵夫人になった方がマシだったかもね」
「言えてる」
動けずにいる私の腕をヒルダは引っ張り、花瓶に隠れるように前屈みになった。私も見つかりたくはないので、彼女の真似をする。
「威厳もない、プライドもない、サファイアの学もない、ないない尽くしでしょ?」
「そうだよ、私のお母様に家庭教師を頼んだくらいだもん、あのミエラって子!」
もう聞きたくない。耳を塞ごうとした時、ヒルダはすっと立ち上がった。
「貴女たちやイライザよりも、ずっとミエラは公爵夫人に相応しいよ! たかが伯爵の娘のメイベルとルイーザ! そこから出てきなさい!」
「……ヒルダ様!」
そろそろと曲がり角の陰から姿を現した二人の顔は青褪めている。私もゆっくりと立ち上がると、二人の顔は引きつった。
「二人で盗み聞き? 質が悪いね」
「そんなに聞かれたくなかったの? まあ、二人でこっそり抜け出して陰口言ってるよりマシだと思うけど?」
二人は澄ました様子で全く反省はしていないようだ。きっと、ヒルダの言葉など耳に入っていない。
「戻ろう? ルイーザ」
「うん」
それどころか、怒りの収まらないヒルダを置いてお茶会に戻ろうとする。私たちの横を通り過ぎ、詫びることもなく、機嫌の悪そうな表情だけを残していった。
「やっぱりかぁ。こうなるとは思ってたんだけどね」
社交界は女の戦場――初めてヒルダに会った日に言われた言葉を思い出す。全てが上手くいくわけがない。人間関係なんて、そんなものだ。分かっているのに、涙が出そうになる。
「私は……大丈夫です」
私が唇を噛み締めると、ヒルダは苦笑した。
「強がらなくてもいいよ。今は私しかいないんだからさ」
私を見るその瞳が、いつもよりも優しく見える。そんな顔をするなんてずるい。堪えていたはずの感情の粒は涙となって右頬を濡らした。
「ただし、ここで泣いたら、リリーたちの前では気丈に振る舞うこと。できる?」
「……はい」
できるかどうかではない。やらなくてはいけないのだ。ここで挫けていたら、公爵夫人になんてなれはしない。
ヒルダは私を抱き、そっと背中を撫でる。悲しいはずなのに、心が穏やかになっていく。ヒルダが付けている香水なのか、ラベンダーの香りが鼻に届いた。
ひとしきり泣いた後で、洗面所で涙の跡を消す。メイクは少し落ちてしまったけれど、仕方がない。これはこれで可愛いのだと自分に言い聞かせる。
ヒルダについて会場に戻ると、心配そうな顔をしたリリーが走り寄ってきてくれた。
「ミエラ、なにかあった~?」
「ううん。お姉さまと内緒話してただけだから」
咄嗟についた嘘で、どうにか誤魔化せたらしい。リリーは不思議王な顔をして、首を少しだけ傾げる。
「どんな内緒話~? 気になるなぁ~」
「内緒話なんて、話したら内緒じゃなくなるでしょ? 余計な詮索はしないの」
ヒルダも笑い飛ばす。お陰で、私の心も軽くなるようだった。
「私、喉が渇いちゃった。紅茶いただこう~」
これ以上リリーに質問を重ねられないように、自ら席へと戻った。茶葉の種類も変わったようで、林檎の香りがほんのりと漂っている。
そして、なんともう一つのデザートも用意されていたのだ。私が好きな、シナモンの入っていないアップルパイだ。
「これも気に入ってくれたらいいなぁ~」
リリーは私の顔を見て、にっこりと微笑んだのだった。
* * *
あっという間にお茶会の時間は終わりを告げ、家路につく。馬車から見える街並みは夕暮れに染まっていた。
嫌なこともあったけれど、新しい友達ができた。リリーの特技も知ることができた。実りある一日だった。
自室で一人きりになり、ソファーでうーんと伸びをする。メイベルとルイーザのことは、そんな人もいるな、くらいに留めておいた方がいいのだろう。ううん、思い出してしまっているだけで、いけないのだろうか。
「はあ~……」
二人を頭の隅へ追い出そうと、わざとらしく溜め息を吐いてみる。すると、誰かの声が聞こえたのだ。
“ミユ”
この声はエメラルドだ。また、私を見知らぬ土地に連れ出そうというのだろうか。身構えてみたものの、想像通りのことは起こらなかった。ただし、異変は起きる。
天井からはらはらと白いものが舞い降りたのだ。なんとなくそれを両手で受け止める。
「……手紙?」
どう見ても、ただの封筒だ。深緑の封蝋を剥がし、中身を確かめる。
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