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第4章 空 / 第341話
食事を摂っても、水分を取っても、すぐには回復しなかった。ラジエルが処方してくれた栄養剤を飲み、ベッドに座りながら溜め息を吐く。
手の甲を見るだけで、ずいぶん痩せてしまったように思う。レヴィスを恨まずにはいられない。
早く、ルーゼンベルク公爵家――だっただろうか。そこに行けるまでに回復しなければ。ベッドから立ち上がり、屈伸運動をしてみる。
しかし、すぐに息が切れてしまった。
「もう、どうしたらいいの……?」
私はみんなの足手纏いになるつもりなんてなかったのに。もう一度溜め息を吐き、ベッドに勢いよく腰を下ろした。
そんな時に、ドアが軽くノックされる。
「エルヴァ。今、大丈夫?」
サフィールの声だ。「はい」を声を張ると、その人がドアから顔を覗かせた。
「あの、どうされましたか?」
私が聞くと、サフィールは少しだけ険しい顔をする。
「その他人行儀な敬語をやめて欲しいんだ」
突然の申し出に、頭が少しだけ混乱してしまう。
「でも、貴方は王子様で、本当は私なんかが近付けない人だから――」
「同じトライドールじゃん」
そう言われると、どう返したらいいのか分からなくなってしまう。
「これ以上、まだ敬語を続けるなら、ルーゼンベルク行きのペアから外させてもらう」
私としてはそちらの方が有難いのだ。余計な神経を使わなくても済みそうなのだから。しかし、それを直接サフィールに言えるはずもなく、無言のまま俯いてしまった。
サフィールは片手を腰に当て、小さく息を吐き出す。
「……俺、夢を見たんだ。知らない男が、エルヴァを助けろって――」
サフィールがそこまで行ったところで艇がガクンと大きく揺れた。
「今の……何?」
「外を見てくる! エルヴァはここにいて!」
血相を変え、サフィールは部屋を飛び出していってしまった。
「墜落するなんてことは……ないよね?」
そう呟きながらも、手には汗を掻き始める。何が原因で揺れたのだろう。今までは、こんなことは一度もなかった。
何となく窓を見てみると、小型の船がダイヤモンド・ブスカール号のすれすれを飛んでいる。原因は――これだ。一気に緊張感が走り、喉も干からびていく。
「トライドールだと? 差し出したら賞金なんてくれるんじゃねぇ?」
「狩って帰ろうぜ!」
粗暴な足音と共に、そんな喚き声が聞こえた。ただごとではない。
「オマエら……そのタトゥー、シエロ団か?」
「そうだって言ったらどうすんだ?」
「……コイツらはただの下っ端だ。潰したとしても、また沸いてくるかもしれねぇ」
「何だと!?」
生憎、シエロ団というものを私は知らない。ただ、トファーが余計な喧嘩を吹っ掛けたのは分かる。
私も部屋から出て戦った方がいいだろうか。一瞬迷ったけれど、まだ体力の戻っていない身体では実力を発揮できないだろう。
みんな、力になれなくてごめんなさい。ぎゅっと拳を握り締める。
間を置かず、刃の交わる音が聞こえ始めた。みんなは無事だろうか。
「ラジエル! オマエ、剣が使えないなら逃げてろ!」
「そうさせていただきます……!」
外で会話が聞こえたかと思うと、私の部屋のドアが激しく開け閉めされた。そこには額に汗を滲ませるラジエルの姿があった。
「ラジエル様、大丈夫ですか?」
「うん。ここにエルヴァがいることは敵も知りませんから。静かにしていましょう」
ラジエルはその場に座り込み、息をひそめる。私も自然と息が詰まる。
「思ったより弱いじゃねーか」
「本気を出してないだけだ!」
トファーの挑発に、敵が乗る。より一層、金属音が激しくなっていく。
「ガルニア! 大丈夫か?」
「あたしは平気。本当に弱いもん」
「サフィールは……心配するまでもねーな」
トファーの問いに、サフィールの返事はない。でも、私は知っている。あの一閃を見たからこそ、ここで負けるような人ではない。
剣戟が終焉へと向かっているのか、金属音は次第に収まっていった。そして、決定的な一言がトファーから紡がれる。
「オマエらは明日にでもサファイアで晒し首だな。オーリ、連れてけ」
「はーい」
本当にやっつけてしまった。安心したせいなのか、呼吸を忘れてしまう。
そこで発砲音が一発聞こえたのだ。ガルニアの短い悲鳴が廊下に響く。
「チッ……外したか」
「オマエ……!」
まさか、今のは銃声だろうか。
ガルニアは――みんなは無事なのだろうか。
「弾はもう入ってなさそーだな」
トファーの反応から見て、怪我人はいないだろう。ほっと胸を撫で下ろし、スカートを握り締めた。
「オーリ、容赦しなくていいぞ」
「分かった」
数人分の足音が遠ざかっていく。エスペランサ号にでも拘束するのだろうか。
それよりも、今はみんなの無事を確認しなくては。ラジエルと一緒にドアの隙間から廊下を見てみる。そこには剣を持ちながら腕を合わせるサフィールとトファー、ほっとした表情のガルニアがいた。
「エルヴァ、ラジエル、もう心配いらねぇぞ!」
「よかったぁ」
今度こそ緊張の糸が切れ、膝から崩れ落ちた。それはラジエルも同じだったようで、目には僅かに涙を溜めている。
「オマエら、オレらを信用しなさすぎじゃねぇか」
「だって~……」
私はサフィール以外の戦闘力を知らないのだ。私が口を尖らせると、トファーに大きく笑われてしまった。
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