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第7章 輝く氷雪 / 第114話
火の塔でミユが倒れてから、今日で七日が経った。いよいよ水の塔へ行き、俺の記憶を見る日、か。
ミユは何を思い出し、どんな風に感じるのだろう。カノンと過ごした日々を思い返し、かっと顔が熱くなる。
とにかく、ベッドの中から抜け出そう。おもむろにクローゼットへと向かい、白い衣服を一着取りだした。そして、着替えに取りかかる。
そう言えば、リエルが塔を巡った時は何を見せられたのだっただろうか。思い出そうと試みてみるものの、霧がかかったかのように上手く思い出せない。
そうだ、本人に聞いてみよう。
「あのさ、リエル」
“何?”
「リエルが魔法を得た時って、塔で何を見せられたの? やっぱり過去?」
“えっ? うーん……”
考えを巡らせていたのか、回答までには数十秒の間が開いた。
“駄目だ、思い出せない。なんでだろう”
本人でも思い出せないとは。ただ、記憶力が悪いだけ、なのだろうか。分からない。
まあ、分からないことを考えても無駄な時間を過ごすだけだ。今は止めておこう。
着替え終わると「ふう」と大きく息を吐き、廊下へ向けて踵を返した。
静かに進んでいくと、ミユの部屋の前にはフレアがいた。アレクの姿はない。
「フレア、おはよう」
「あっ、おはよう」
フレアは目を擦ると、小さな欠伸をする。それにつられて、俺も欠伸をしてしまった。
「欠伸って移るよね」
「そうだね。お互いに十分寝れてるとは言えないし」
フレアは肩を竦め、苦笑いをする。
「あと一週間とちょっとだから。ミユのためだもん。頑張ろうよ」
「うん」
果たして、本当にミユのためになっているのだろうか。身を守るどころか、危険に晒すことにはならないだろうか。俺の自己中心的な気持ちに従っているだけではないのだろうか。葛藤はあるが、今は駆け抜けるしかない。
「クラウ」
「ん?」
「また難しい顔してる」
感情が表情に出てしまっていただろうか。フレアは眉をひそめ、腰に両手を当てる。
「一人で抱え込まないの。不安なことがあったら、あたしたちに言ってくれても良いから」
そうは言うが、この気持ちを吐き出してしまえば、フレアも迷いを生じるかもしれない。ミユに魔法を獲得してもらうためには、隠し通す他にはない。軽く首を横に振ると、フレアは悲しそうに口を尖らせるだけだった。
そこへ大きな足音が近づいてきた。
「よ!」
アレクは能天気な顔で片手を上げて挨拶をする。ここで、問題を蒸し返すつもりもない。何とか笑顔を作り、手を小さく振ってみせた。
フレアは大きく息を吐き、アレクへと視線を移した。
「なんかあったのか?」
「ううん」
当然のようにフレアの隣へと立つアレクに、彼女は首を振ってみせる。
良かった、フレアも俺を責め立てるつもりはないらしい。
アレクは部屋のドアを顧み、口を開いた。
「ミユは起きてんのか?」
「まだ声はかけてないから、分からない」
「そーか。オレが部屋を出た時は、九時過ぎてたからな。声かけるだけかけてみよーぜ」
「分かった」
アレクとフレアだけで話をまとめると、フレアはドアへと歩み寄る。静かすぎる廊下に、ノックの音が三回鳴り響いた。
「ミユ、起きてる?」
「う~……」
小さなミユの唸り声が聞こえた。起きてはいるらしい。
そこへフレアが声を張る。
「ミユ、準備は出来た?」
しかし、ミユからの返事はない。
「ミユ?」
まさか、ミユの身に何かあったのでは。嫌な考えが先走り、行動に移してしまっていた。俺だけではなく、三人全員が。
慌ただしく部屋の中へと踏み込み、声を荒げる。
「ミユ! 何かあった?」
びくりとミユの肩が震えた。まずい、驚かせてしまったかもしれない。そう思った時には、ミユのいるベッドの目前に来てしまっていた。
俺の行動をカバーするかのように、フレアはミユの背中に手を当てる。
「ごめんね、影が現れてないか心配なだけなの。こっち向いて?」
フレアは穏やかで優しい言葉を紡ぎ出した。
そのお陰か、ようやくミユがこちらを向いてくれた。揺れる焦げ茶の瞳で頷く。どうやら危険が迫った訳ではないらしい。
「良かった……」
安心したせいで、腰が砕けそうになる。
ミユが起き上がるのを待ち、アレクはちらりと俺の方を見た。
「じゃ、魔法陣作ってくれ」
「分かった」
返事をすると、アレクの視線はミユへと戻っていった。
俺が自分以外の誰かのために魔法陣を作るのは、これが初めてだ。水の塔へと続く魔法陣を描きたい。瞼を閉じて念じると、右手に何かが当たった感触がした。
何となく杖の先を床につけると、勝手に杖は動き始める。淡い青色の線は古代文字となり、線となり、円となり、魔法陣を形作っていく。
途中でミユとアレクの話し声が聞こえたが、意識を魔法陣に集中していたため、何を言っているのかまでは分からなかった。
魔法陣を描き終えると、杖は勝手に姿を消した。一瞬だけ、魔法陣は強い光を放つ。
「クラウ、出来たか?」
「うん、今出来たとこ」
頷いてみせると、アレクも無表情で小さく頷いた。
「ミユ、すぐついてこい」
黄色の瞳は瞼で遮られる。ワープの態勢に入ったのだろう。光に包まれると、すっとアレクの姿は掻き消えた。
「アレク! ちょっと強引過ぎるよ……」
フレアは大きく溜め息を吐き、頭を抱える。
先程のアレクの物言いは、話の見えない俺でも強引だと感じた。不信感が沸き起こる。
「何があったの? ほとんど話が聞こえてなかったけど」
「今日のアレクはちょっとおかしいだけ」
「アレクがおかしいのなんていっつもじゃん」
無神経で、気遣いなんかなくて。振り回されるこちらの身にもなって欲しい。
しかし、被害に遭ったのは、今回はミユだ。
彼女は気分を害したらしく、口をへの字に曲げ、何やら息巻いている。ずんずんと魔法陣へと近づき、その線を跨いだ。
瞬時に魔法陣は強い青色の光を放つ。そうしてミユの姿も光とともに消えていった。
「俺たちも急ごう」
「うん」
フレアと頷き合い、ミユの後を追った。
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