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第26章 黒の瞳 / 第180話
手の甲で埃を払ってみると、表紙には『魔法に関する重要事項』と金の文字で書かれている。俺たちが探し求めていたのは、まさにこれではないだろうか。期待が一気に膨らんでいく。
「皆、ちょっと来て欲しい!」
声を張り上げると、作業の手を止めて他の六人が駆け寄ってきた。まだ不安は拭い去れない。そんな表情で。
六人は俺たちを取り囲み、俺と本を見比べる。
「何か見つかったのか?」
「本だよ。これに何か載ってれば良いんだけど」
今一度、丁寧に埃を払うと両手で本を持ち直した。一ページも逃さないように、慎重に。
ところが、すぐに異変に気づく。始まりのページから、文字どころか、日焼け以外の汚れすらも見当たらない。完全に白紙だった。
「白紙……?」
「日記帳か何かかな。でも、表紙にはちゃんと『魔法に関する重要事項』って書いてあったんだけど」
どうか、最後のページでも良いから、何か書いてあってくれ。こんな形で旅を終えるのなんて嫌だ。震える手を必死に抑え、息を呑む。そして見てしまった。
最後のページに書かれていた文字は、赤文字で生々しく、でかでかと一言だけ。『チェックメイト』――完全に敵の罠だ。全身から力が抜け、本は音を立てて落下した。心臓が凍りつく。
本に釘付けになりながらも、アリアとサラが膝から崩れ落ちたのが見えた。
「どうしたの?」
文字が読めず、困惑するミユに返す言葉が見当たらない。こんなもの、『死ね』と言っているのと同じなのだ。
しかし、伝えない訳にもいかない。
「チェックメイト」
小さな声を振り絞る。ミユの姿も視界から消えた。
その光景を面白おかしく見ていたのだろう。足音とともに出入り口に現れたのは、百年前に戦った相手、『影』だ。それにもう一人、黒髪の男性が揃って来たが、敵であるのは見え見えだ。絶対にミユは殺させない。瞬時に俺たちはミユの前に立ち塞がり、壁を作る。
「邪魔だな」
そいつは小さく吐き捨てると、指を鳴らしたのが見えた。瞬く間に魔方陣が展開され、飲み込まれていく。この魔方陣は百年前、俺が描いたものと同じだ。考えている間にも光に目が眩み、空気の流れが変わった。
視界に広がったのは、白いベルフラワーが咲く一面の花畑だ。周囲を確認してみると、使い魔たちの姿がない。俺が何とかしなくては。
影、そして俺とあまり歳の変わらない男を睨みつけながら、ミユを強く抱き締める。敵たちとの間にアレクとフレアが立ちはだかった。
「ミユ、久しぶりだね」
その男はにやりと口角を上げ、俺たちに軽蔑の目を向ける。
「なんで、私の名前を知ってるの……?」
一方で、ミユは震える声を絞り出す。この反応はどう考えてもおかしい。
男は鼻で笑い、軽くあしらう。
「オマエ、ミユとどんな関係だ!?」
「関係も何も……軽く話をしただけだ」
「じゃあ、なんで……!」
「名前を知ってるか、か?」
名前の問題ではない。何故、ミユを知っているか、だ。
頭は働くのに、声になってくれない。
「そんなもの、魔導師の名なんて世界中に広まっているだろう」
「でも、あの時は私、魔導師だなんて一言も言わなかった。それなのに、『カノン』って名乗ったら鼻で笑った」
「面白かったからつい、な。自分の前世の名を出す奴が居るか?」
話から察するに、こいつは魔法守護者の一人だ。悔しい事に、エメラルドの魔法守護者に知り合いはいないので、相手が誰であるのか探ることが出来ない。
ミユは俺の腕を強く掴む。
「影の隣にいるってことは、オマエも影側か……!?」
「ああ、これか」
奴は一度だけ指を弾いた。途端に影の姿は靄のように掻き消える。
「こんなもの、ただの幻影だ」
「じゃあ、誰が魔法を……!?」
フレアが声を張ると、奴は漆黒の目を細める。
「まだ分からないのか。全て私の魔法だとしたらどうだ?」
「そんなこと、出来る訳がねぇ! オマエは魔導師でも、王でもないだろ!?」
アレクが息巻いたお陰で、奴が誰なのかあらかた把握は出来た。奴は魔導師だ。
「どうしてそんなに決めつけてかかるのか……。これならどうだ?」
奴は続いて三度指を弾いた。音は炎の球となり、竜巻となり、氷の刃となってこちらに襲いかかる。
まずい、ミユを抱いたままでは防御が出来ない。一瞬迷っている間に、フレアが炎の渦を出し、俺たちを囲う。お陰で奴の攻撃を全て相殺することが出来た。
炎が勢いを弱める。その揺らめきの隙間から、奴がにたりと笑っているのが見えた。
三属性の魔法を使いこなしてくるなんて、俺たちに勝ち目はあるのだろうか。いや、恐怖している場合ではない。やらないでどうする。
俺たちと奴の間に一陣の風が吹き抜けた。
「もう分かっただろう。ミユの高熱も、エメラルドに現れた影も、地震も……全て私の魔法」
その風が奴の前髪を靡かせる。
「生まれ変わったのは君たちだけじゃない。私が現世での──」
俺の確信を真実に変えるかのように――。
「『影』だ」
奴の額には、闇色の魔導石が貼りついていた。
必死に頭を働かせる。奴を倒す方法ではない。俺たちが確実に生き残る方法を模索する。説得して折れるような相手ではない。瀕死にして、生け捕るのが一番の近道だろうか。その際に、自害されないようにしなくては。奴の死と同時に、ミユの呪いが発動してしまう。それに呪いを解く方法は――。
震えるミユを抱きながら、分析に没頭する。
「オマエが地震を起こしたせいで、いくつの命が消えたと思ってんだ!?」
「そんなもの、知らない」
奴は軽く吐き捨てる。
影と同じで、人の情というものを知らないらしい。
「オリビアは?」
ミユが聞くと、奴は詰まらなさそうに髪を掻き上げる。
「ああ、そんな奴もいたか。あいつは地震の要にしたからな。真っ先に殺した」
オリビアとは、恋人か何かだったのだろうか。彼女には申し訳ないが、奴と一緒になったのが運の尽き、ということなのだろう。
ミユの瞳からは涙が溢れ出す。
「それよりも、自分の命を心配したらどうだ? 呪いは解けていない。違うか?」
「俺たちが、そんなものはなかったことにしてみせる。心配する必要なんてない」
「前世で愛する者を見殺しにした君が、何を言っている」
心臓がナイフで抉られたような痛みを伴って、激しく鼓動する。許せない。カノンを手にかけたのはお前なのに。いや、駄目だ。奴の口車に乗ってはいけない。
俺の様子を気にかけたのか、アレクがちらりと振り向いた。それもすぐに奴の元へと戻る。
「にしても、地震を起こすのに要がいるなんて初めて聞いたな。そんだけオマエが劣化してるってことか?」
「好きなだけ冷笑していれば良い。私は今のままでも、十分に君たちを弄べるからな」
小さく笑い、奴は漆黒のマントを翻す。
「私の名はルイスだ。かかってこい」
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