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第25章 遠ざかる未来 / 第178話
ここで謝ってもミユには伝わらない。それでも、謝らずにはいられなかった。
“その気持ち、地の子には伝えないの?”
意を決したようにリエルが話す。しかし、否定せざるを得ない。
「伝えられる訳無いじゃん。そんな事したら、ミユにバレるよ」
“言葉にも色々あるじゃん。声だけじゃなくて、文字とかさ”
「文字?」
“うん”
『文字』とは『手紙』と言う事だろうか。俺の気持ち、望み、願い、その全てを手紙に――。
「そっか。リエル、ありがとう」
何故、今まで気付かなかったのだろう。
未来は待ってくれない。急がなくては。焦りを抱きながら、服についた埃を払いもせずに大地を蹴った。テントへと戻ろうとするものの、途中でカイルとアリアに出くわす。無視する訳にもいかず、ブレーキをかけて二人と顔を合わせた。
ランタンに照らされたアリアは、何かを懇願するように俺を見るのだった。
「クラウ様」
呟くと、視線を落とす。
「私たちは貴方を止められません。お気持ちは痛い程分かりますので」
言い終わると、口をキュッと結ぶ。その続きはカイルが繋いでいく。
「後悔だけはしないようにしてください。私たちが一番恐れているのはそれです」
その後悔を軽減させるために、俺は行動しようとしている。
「カイル、ペンと便せんなんて持ってきてないよね?」
「それは流石に……。申し訳ありません」
「私が持ってきてますよ」
「えっ?」
カイルと一緒に驚きの目をアリアへ向けた。
「ミユ様が日記をお書きになるので、念のために持ってきましたが……今お持ちしますね」
「ちょっと待った」
「なんでしょう?」
「ミユが吹いてる『笛』も持ってきて欲しいんだ」
機会があるのなら、罠に嵌まる前にミユの笛の音を今一度聞きたい。それを我儘と言われるのなら、諦めるほかはないのだが。懸念をよそに、アリアはにこっと微笑んだ。
「分かりました。お待ちください」
お辞儀をし、アリアは小走りでテントへと向かう。
「用意が良いのは、他人のことは言えませんが」
カイルも一応は自覚していたらしい。なんて思っている間に、アリアを向いていた目は俺の方へと戻ってきた。
「私は、今でも信じてるんです。クラウ様とミユ様がお幸せになる未来を」
明かりに揺れるカイルの微笑みが儚く見える。
「私はいつまでも『クラウ様の』お帰りをお待ちしていますね」
「お待たせいたしました」
感傷に浸る間もなくアリアが戻ってきた。羽ペンと十枚ほどの便せん、それに笛と、持っていたランタンを手渡される。
「私たちは先にテントへ戻っていますので」
「うん、ありがとう」
両手が塞がっているので、手を振ることが出来ない。それでも、こちらを気にかけながら戻っていく二人を見届けた。
さあ、これからは俺一人の時間だ。誰にも邪魔はさせない。廃墟へと戻り、瓦礫の上にランタンを乗せた。このレンガの欠片と崩れた壁がイスとテーブル代わりだ。笛は小さくして懐へとしまった。便せんを広げ、インクにペンを浸す。
「ふぅ……」
さて、手紙を書くと言っても、具体的に何を書けば良いのだろう。頭の中で試行錯誤を繰り返す。
まずは宛名だ。ただ単に『ミユへ』と書いたのでは安っぽい気がする。どうせなら、それだけでも想いが伝わるような何かを。
刹那、天からの囁きが聞こえたのだ。一気に筆を走らせる。
「これで良し……っと」
次は肝心の内容、一番気を遣わなくてはいけない物だ。端的、且つ明解に気持ちを表現しなくては。唸りながら、これまでの出来事を思い返す。ミユと出逢い、傷付き、励まし合い、愛し合った掛け替えのない時間――。ミユの様々な表情が脳裏を駆け巡る。言葉では言い表しようのない想いが心を、いや、全身を満たしていく。
その時、ふと異変が起きたのだ。便せんの上にぽたぽたと水滴が落ちては黒の滲む海を形作る。何ごとだろう。訝りながら手を頬に当ててみれば、筋状に水が流れた跡を確認出来た。と言うことは。
「あれっ……」
もしかして、俺は泣いているのだろうか。
「何で……」
今頃になって涙が出てくるなんて、タイミングが悪過ぎる。そう思いながらも、心のどこかでは納得していた。ミユは短期間ながらも、胸が詰まる程の、沢山の思い出を与えてくれた。しかもミユがこれを目にする時には、俺は――。
端的に文章が纏まる筈もない。想えば想う程に涙として溢れ出てくる。駄目になってしまった便せんを新しい便せんに交換する。嗚咽を漏らしながら、震える右手を必死に動かした。
危惧した通り、手紙が完成した頃には湿った便せんが瓦礫の片隅に山積みになっていた。俺がそっと丸めてテントに持ち帰った後も、ひっそりと俺の嘆きを代弁していたのだろう。
* * *
人一倍素直で、繊細な君へ
最初に言わせて欲しい。ごめんね。こんな結末しか選べなかった俺を、どうか許して。何度も考えたけど、同じ所に行き着くんだ。君を死なせたくはない。そのためには、こうするしかなかったんだ。
これから今までのことを白状するけど、一つだけ約束して? 絶対、自分自身を憎まないで。恨まないで。これは俺が選んだ結果で、君が悪い訳じゃない。君が自分自身を呪うことが、俺にとって一番辛いことだから。
良い? じゃあ、話すよ。
俺、君を置いて水の塔に行ったよね? その時、神様に言われたんだ。君を救いたいのなら、解呪の剣を使え。その代わり、誰かが呪いの身代わりになるしかない。その役目は俺が一番良いだろうって。
そんなこと、他の誰かになんて頼めないし、頼みたくもない。誰かの犠牲の上に掴んだ幸せなんて、本当の幸せじゃないから。
いつまでも君と一緒に居たかった。やっと出逢えたんだから。でも、それは叶えられない願いだった。君か俺か、どちらかの命しか選べないのなら、迷わず君の命を選ぶよ。
もう、あんなに悲しい思いをするのは嫌だったんだ。そんな思いを君に押し付けてしまった俺が言えることじゃないよね。本当にごめん。
ただ、これだけは誓うよ。君みたいに長い間待たせたりはしない。絶対に逢いに行くから。だから、それまで少しだけ我慢して? ほんの少しだけ。
最後に、君に出逢えて本当に良かった。愛してる。たとえ何度生まれ変わったとしても、この気持ちは変わらないから。
生まれてきてくれて、ありがとう。
君を永遠に想い続ける者より
* * *
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