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最終章 素顔のソレイユ / 第48話
浮かない表情のルーナスと、笑顔のオーレは夕方に帰ってきた。その様子から、何か情報を仕入れたことは明白だ。
「何か分かりましたか?」
いてもたってもいられず、椅子から立ち上がる。エルネスも振り返り、ルーナスの顔を見た。
ルーナスはぐっと拳を握る。
「座ってから話そう。ちょっと疲れちゃったよ」
私としたことが、飲み物すら用意していなかった。慌ててキッチンへ向かい、オレンジジュースを注ぐ。私がテーブルにグラスを四つ並べると、ルーナスは大きな溜め息を吐いた。それに反し、オーレの笑顔は絶えない。
“王都ってどんな所かな。楽しいのかな”
どうやら、王都行きの話をオーレに聞かれてしまったらしい。これが仇とならなければいいのだけれど、と息を詰める。
ルーナスは意を決したように口を開く。
「視察団の中に……ブレットがいた。国王陛下の側近だろうから警戒はしてたけど、やっぱりかって感じで」
しかし、エルネスは首を捻る。
「ブレットって誰だ?」
「国王陛下の想刻の依頼代理人です」
「ああ、なるほど……」
私が説明すると、エルネスは妙に納得したように小さく頷いた。ルーナスは続ける。
「公園に人だかりができてたから覗いてみたら、ブレットと町長が話してて。町長はこの彫刻を彫ったのは俺だって、意気揚々と語ってたよ」
“思い出すだけで溜め息を吐きたくなるよ……”
堪え切れないように、ルーナスは頭を抱えてしまった。国王の想刻の依頼をこなし、町の石像をも彫り上げた。国にとって、ルーナスは辺境に置いておくには惜しいのだろう。
エルネスは眉をひそめながら、ルーナスに言葉を向ける。
「それで、いつここに来るのかは盗み聞きできたのか?」
「明日だよ」
「明日……⁉」
今日のうちに知れてよかったと取るか、時間がないと焦るか――前者の方が建設的な話し合いはできるだろう。何度か頷き、頭の中で情報を整理してみる。
「私とルーナスとオーレは親子。それは忘れないようにしましょう」
「うん」
ルーナスとオーレは、二人揃って大きく頷く。
「教会の人間が一緒ではまずいので、エルネスは明日は教会で待機していてください」
「分かった」
ここで、オーレに王都には行きたくないと証言してくれ、そう頼みそうになった。でも、それは違う。子供には本音を語らせた方が、綻びは出ないだろう。
「オーレは……王都に行きたい?」
意を決して、オーレに向き直る。オーレは目を輝かせたままで、両手をぎゅっと握った。
「王都ってどんなとこー?」
オーレの無邪気な声に、胸が僅かに傷む。私にはリルージュ国の王都の想像すらできないので、ルーナスに説明を任せる。ルーナスは腕を組んで天井を見上げた。
「うーん、人がいっぱいで、がやがやしてて、王様がいるところだよ」
「王様ー⁉ 会えるのー?」
「会えはしないな」
「えー? つまんないのー」
オーレの中のワクワクは一気に萎んだように思えた。口を尖らせ、目を伏せている。オーレには少し悪いことをしたかもしれない。それでも、私たちの将来のためだと納得させるしかない。
気まずい雰囲気を壊したのは、意外にもエルネスだった。
「オーレ。今度、一緒に王都に行ってみるか?」
「いいのー⁉」
「ああ。ルーナスとソレイユが許してくれるならな」
エルネスが私とルーナスに目配せをするので、二人で頷いてみせる。すると、オーレの目の輝きは一気に戻っていった。
エルネスは口を歪めながら、小さく唸り声を上げる。
「後はソレイユの聖女隠しか。オーレは黙っててくれるんだろ?」
「うん。離れ離れになりたくないもん」
ようやくルーナスとエルネスに笑顔が戻る。エルネスはオーレの頭を撫でると、表情を引き締めて私の目を見る。
「ソレイユが普通にしていれば、知られる能力でもない。ルーナスとオーレと家族なら、 国外にいたことも問いただされないだろうし」
そんなに上手くいくだろうか。とはいえ、聞かれないことを祈るしかない。国外にいたことがバレてしまえば、偽装家族だとも知られるだろう。
ルーナスは膝の上で拳を握る。
「明日を何とかやり過ごそう。俺たちなら大丈夫だ。信じるしかない」
少し緊張した様子のルーナスと、一心に私を見るエルネスに小さく頷いてみる。一人、オーレだけが小さく首を傾げていた。
* * *
翌朝、その時は唐突に訪れた。ドアをノックする音が部屋の空気を揺らし、緊張感を与えてくる。私が息を呑んでいると、ルーナスはすぐに玄関へ向かった。
姿を現したのは、ブレットともう一人の騎士だった。騎士は名乗ることもせず、淡々と声を張る。
「ルーナス殿、王都へいらしてください」
挨拶もない。いきなり、その台詞が出てくるのか。若干呆れながら、私も玄関へと急いだ。後ろからオーレもついてくる。
「俺はお断りしたはずです。どうして、ソレイユとオーレの名が書状には一言もなかったんですか?」
「それは……私たちの与り知るところではありません」
謝ることすらできないらしい。これには流石のルーナスも溜め息を吐いた。
「俺はこの町で一生暮らしていくと決めています。ソレイユも王都行きを拒んでいます。オーレだって、友人と離れたくはないでしょう」
「どうして、そんなに頑なに王都を嫌がるのですか?」
ブレットの問いに、ルーナスは首を揺らして口を結ぶ。
「あの植林場を手入れする者がいなくなったら、また厄災がこの町を襲うかもしれません。そんなことは絶対にできないんです」
ようやく、ルーナスがこの町を離れたくない本音を聞けた気がする。自分のためではなく、この町のため――ルーナスらしい、責任感のある優しい理由だ。
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