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第16章 語らうルーナス / 第47話
胸に片手を当てると、エルネスは小さく首を傾げた。
「どうしてそんな顔をするんだ?」
「だって、急に友人なんて言うから」
現実に感情が追いついていかない。速まる鼓動に、呼吸までもが浅くなる。
「ま、関係性なんて、言葉で一括りにはできないけどね」
エルネスは小さく頷き、目を細める。
「俺の想刻は元恋人、そういう認識で合ってる」
ルーナスが嘘を吐いたのだと思っていたわけではない。でも、本人の口から聞くと、すんなりと腑に落ちていく。
「どうしてエルネスは想刻を?」
これはルーナスの想刻師としての原点だ。どうしても気になってしまう。
「忘れちゃいけないと思ったからだよ。厄災で傷付いた人がいたっていう過去を」
それは恋人のことだろうか。それともエルネス自身のことを言っているのだろうか。いや、その両方なのかもしれない。
「つらい別れを思い出してしまいませんか?」
「思い出さないわけがない。でも、俺が忘れたら、誰かが覚えてる保証はある? 想刻があったからこそ、今回、教会を告発しようって思えたんだよ」
エルネスも一見、軽そうに見えて、根は真面目で勇敢なのだろう。だからこそ想刻が必要だった。傷ついて尚、自分の正義を貫こうとしている。言われるがまま聖女になり、捨てられても黙っていた私とは違う。
「エルネスって強いよね。俺とは大違いだ」
「そんなことはありません」
ルーナスだって、植林場の手入れをしているではないか。私としては、二人とも誇れる存在だ。自分を下に見る必要なんてない。
「私は、人に寄り添える人間にはなれませんでした。ルーナスだって立派です」
私が大きく頷いてみせると、ルーナスは照れたように頭を掻いた。
* * *
三日後の朝のこと、エルネスは険しい顔をしてログハウスを訪れた。視察団が現地入りしたとの情報を得たからだ。どうやら教会の人間だけではなく、国の幹部も数人混じっているらしい。
トーストとスクランブルエッグをいただきながら、四人で作戦を練る。
「オーレ、今日から俺のことはお父さん、ソレイユのことはお母さんって呼ぶんだ。いい?」
「うん、分かったー」
のんびりと返事をするオーレの頭を、ルーナスはさらりと撫でた。
「今日、明日でいきなり各家庭を訪れるとは思えないけど、視察が終わるまでは家族ごっこを続けよう」
私はルーナスと顔を合わせ、大きく頷く。
「ここでオーレに注意ね」
そういうルーナスの顔つきは真剣そのものだ。
「絶対に、ソレイユが聖女だったってことは言わないこと。ちゃんとできる?」
「気を付けてるけど……でも、もし言っちゃったらどうなるの?」
「ソレイユは王都教会に連れていかれる。もう会えなくなるかもしれない」
「そんなのやだー!」
“ソレイユがいないのなんて、考えられないもん!”
これがただの視察ではないことを理解したのか、オーレは目頭に涙を溜め始めた。堪らずに声を掛ける。
「オーレ、聖女だってバレなければ大丈夫だから。泣かなくていいんだよ」
「うん……」
作戦が上手くいけば、私はまたここに留まれる。そうに決まっている。大丈夫だと自分にも言い聞かせながら、オーレの手を握った。その小さな手は僅かに震えている。
「あとは、ルーナスの王都行き問題もあるし、一筋縄ではいかなさそうだな」
「うん、王都行きを断る言い訳が思い浮かばなくて……どうしたもんかな」
口を結ぶエルネスに、ルーナスも頭を抱える。
いい対処法はないだろうか。私も一緒に考えてみるものの、すぐに思いつくものでもない。私の問題よりも厄介だ。
「多分、だけど……俺の顔は視察団に知られてない。王都教会に顔が割れてるエルネスが町に行くより、俺が情報収集した方が安全だと思うんだ」
ルーナスの言う通り、子供であるオーレを除けば、情報収集できるのはルーナスだけなのだろう。危険を承知の上での発言に決まっている。
「……行くんですか?」
できるなら、行って欲しくはない。感情が表情に出ていただろうか。私の顔を見るなり、ルーナスはそっと微笑む。
「大丈夫だよ。チラ見してくるだけだから」
“視察団には会わない予定だしね”
ルーナスはガッツポーズをし、明るく振る舞おうとする。口元が若干引きつっているので、無理やり笑っていることがバレバレだ。
「俺も一緒に行きたいけど……王都の神父と揉めたばっかりだ。ルーナスに任せる」
エルネスも申し訳なさそうに頭を下げる。
その日の午後のうちに、ルーナスはオーレを連れてログハウスを離れていった。
エルネスと紅茶を飲みながら、二人の帰りを待つ。彼と二人きりだと、やはり緊張してしまう。心が読めないことが一番の原因だ。もう、いい人だと分かっているはずなのに。
「あの時、王都の神父に何をされたんですか?」
ずっと頭に引っかかっていたことを聞いてみることにした。エルネスは浮かない表情で紅茶を口に含むと、細い息を吐く。
「……大したことはないよ」
「大したことがないなら、怪我なんてしません」
「好奇心旺盛なのはいいけど、反感を買うよ?」
「好奇心じゃありません。ただ心配なだけです」
エルネスは額に手を当て、溜め息を吐く。
「……聖女の逃亡についてどこまで知ってるか、今回の件で聖職者としての道を断つみたいな脅し、そんなところかな」
ということは、エルネスも教会を追われるのだろうか。行き先はあるのだろうか。まだそうと決まったわけではないのに、混乱してしまう。
そして、エルネスは決定的な言葉を放つ。
「もし教会を追われたら、旅でも始めようかな。聖女が帰ってきた時のために、加護のなくなるところがないように」
せっかく友と呼んでくれた人も、私の元を離れてしまう。結局、この場所も夢幻なのかもしれない。
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