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最終章 素顔のソレイユ / 第49話
しかし、ルーナスの答えを聞いてもブレットと騎士の表情は変わらない。騎士は首を振り、やれやれとルーナスを見る。
「国王陛下のご意向よりも大切な理由だとは思えません」
「……は?」
ルーナスは今度こそ眉間にしわを寄せた。私だって眉をひそめてしまう。人命よりも大事な意向とは何なのだろう。
「国王陛下は一つの町の命よりも、自分の欲が勝ると?」
「植林場の手入れなんて、他の者に頼めば済む話でしょう。大体、ルーナス殿一人でその役割を背負うのが間違っていると思うのですが」
「すぐに育つ人材じゃありません。何より、ボランティアですよ? やりたがる人を見つける方が無理がある」
ルーナスは語気を強めるけれど、騎士の意見も一理ある。だからこそ、私も口出しができない。
ルーナスが倒れてしまえば、植林場を管理できる者がいなくなってしまうのだ。私が見る限りでは、ルーナスは他の誰かに仕事を任せようとはしていない。もしかすると数十年、数百年後に同じ厄災が訪れるかもしれない。
それなら、植林場を放置しない意味でも、後継者を育てる意味でも、尚更ルーナスがここを離れる訳にはいかなくなる。
「あの」
しびれを切らし、私から声を振り絞った。ブレットと騎士の目がこちらを向く。
「国王陛下の書状には、一年でも待っていると書いてありました。陛下こそ、どうしてそんなに急ぐんですか?」
「それは、ルーナス殿が優秀な人材だからです」
ブレットの言い分に、頭を抱えたくなってくる。何も筋が通っていない。ただ好機を逃したくはない。そんな思いが透け透けだ。
ブレットは私を見詰めたまま目を細める。
「ソレイユさん、国外に行ったことは?」
急に確信のついた話を切り出すので、心臓が飛び跳ねてしまった。
「あります」
「では、教会にいたことは?」
「……どうして、そんなことを聞くんですか?」
もしかすると、声が震えていたかもしれない。
ブレットは微笑みを向けたままなのに、その視線が鋭くなった気がした。
「銀髪の方は珍しいですから。教会に目を付けられていただろうな、と思っただけです」
絶対に私の境遇を勘ぐっている。ここで下手に嘘を吐かない方がいい。
「神父の手伝いをしていただけです」
「そうですか」
間違ったことは言っていない。まっすぐにブレットを見ると、彼は考える仕草を見せて目を横に流す。
「お手伝いは何を?」
まずい。素直に答えてしまえば、私が聖女だったことはバレる。神父付きの侍女なんて見たこともないから、嘘も吐けない。
「……人の声に寄り添っていただけです」
私の答えに、ブレットは眉をひそめる。
一方で、もう一人の騎士は私の隣に佇むオーレに目を向けた。
「君、オーレくんだったかな?」
「うん、そうだよー」
危機的状況にあると理解していないのか、オーレはのんびりと返す。
「ソレイユってどんな人?」
「お母さんは……笑ってくれないけど優しいよ!」
『笑ってくれない』と言われた事実に悲しむより先に、咄嗟に出た『お母さん』という言葉に拍手を送りたくなる。ブレットと騎士は顔を見合せた。
「オーレ君は王都に興味はある?」
騎士が小さく首を傾げると、オーレも首を捻る。
「分かんなーい」
“だって、王様に会えないんでしょー?”
昨日の会話が功を奏したらしい。オーレが王都に興味があるなんて言わなくてよかった、とほっと胸を撫で下ろす。
「何を言われても、俺たち家族は王都には行きませんから。お引き取りください」
ルーナスが声を張ると、ブレットと騎士は顔を見合わせる。口をへの字に曲げると、こちらに向き直った。
「次に来た時には、貴方を王都へ連行しますから」
礼もせず、ブレットと騎士は私たちに背を向ける。どこまでも失礼な人たちだ。そちらがその気なら、こちらだって無理して愛嬌を振りまく必要はない。勢いよくドアを閉め、外の空気を遮断した。
オーレはもじもじしながら口を開く。
「さっきの人たち、もう来ないかな。ぼく、ちゃんとソレイユを守れたかな」
この子は私を守ってくれているつもりだったらしい。なんていじらしいのだろう。しゃがみ込み、オーレの身体をそっと包み込んだ。
後ろから、ルーナスがオーレに声を掛ける。
「大丈夫だよ。ソレイユと離れ離れにはならなくていいから」
「本当?」
「うん」
ルーナスとオーレの会話に胸が苦しくなる。唇を噛み締め、涙が零れないように瞬きを我慢した。
* * *
翌日、ルーナスは想刻用の木片を手に、いつもの位置に腰を落ち着けた。鉛筆で印をつけていく。
「私の想刻、ですか?」
「うん、そうだよ」
それ以上の会話はしない。私はルーナスの作業を眺めているのが好きだ。無から有の生まれる瞬間が堪らなく心地いい。
午後になると、エルネスも姿を現した。こちらに近付こうとするエルネスをルーナスは止める。
「見るのは完成してから」
「でも、ソレイユはしっかり見てるぞ?」
ルーナスは指摘を受けると、私に視線を移す。
「ソレイユ、ごめん」
どうやら先日と同じように、彫るところは私にも見せてもらえないらしい。仕方がないか、と自分を納得させながら、エルネスと二人でテーブルに着いた。オーレは自室で真剣に絵本を読んでいる。
「エルネスの処遇はどうなったんですか?」
私が聞くと、エルネスは何もなかったように笑ってみせた。
「保留、だってさ」
「保留?」
「結局、教会は能力持ちを手放したくはないんだよ。時間を置いて、うやむやにするんだろう」
教会はどこまで利己的なのだろう。用済みになれば捨て、利用価値があると思えば抱え込む。私は絶対に好きになれない場所だ。
エルネスの待遇を通して、私の身に起きたことも話したくなってしまった。
「ちょっと、昔話をしてもいいですか?」
「うん。構わないよ」
エルネスはにこっと微笑む。
「私が聖女になったのは、両親が営んでいる宿のお客さんが原因なんです」
「客?」
エルネスが眉をひそめるので、私も小さく頷いてみせる。
「普段、私を人に会わせたがらなかった両親の隙をついて、部屋から脱走したんです。そうしたら、お客さんにぶつかっちゃって」
改めて思い出してみると、酷い両親だなと思えてしまう。エルネスも頷きながら話を聞いてくれる。
「そのお客さんの心の声を口に出しちゃったんです。そうしたら、その人がパニックになっちゃって」
「まあ……そうなるだろうね」
エルネスも苦笑いをする。何も知らない幼い頃の私は、あまりにも迂闊だった。
「お客さんが教会に駆け込んで、私の能力が露見しちゃったんです」
「ああ……」
エルネスは頭を抱える。ルーナスも想刻をしながら話を聞いてくれているのだろう。「ぷっ」と吹き出す声が聞こえた。
「ルーナス、笑いごとじゃないぞ」
「ごめんごめん」
「……私が脱走しなければ、聖女になんてなっていなかったかもしれません。でも、両親には蔑まれて……どちらにしろ、いい人生は送れなさそうですけどね」
下手に能力を持ってしまったばかりに、どこにいても不遇な扱いをされる。神様は少しだけ意地悪らしい。
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