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第16章 語らうルーナス / 第45話
翌日、午前のティータイムを楽しんでいた時のことだ。エルネスとオーレもいる前で、ルーナスは深々と頭を下げた。
「ソレイユ、ごめん。想刻をやり直させて欲しい」
供養庫に持っていった想刻は、やはり私の物だったらしい。ルーナスが好きで彫刻している物だから、私に許可を取らなくてもいいと思うのだ。
でも、今まで想刻をやり直すなんて聞いたことがなかったので、念のために確認してみる。
「失敗したんですか?」
「……うん。俺はまだまだ未熟だね」
ルーナスは誰とも視線を合わせようとはしない。目を横に流し、口を引き締める。
ここ数日は、ルーナスの心も揺れに揺れていただろう。未熟の一言では済ませられない。
「私はルーナスが思うままに想刻できるなら、それでいいですから」
「ありがとう」
ルーナスは囁くと、そっと瞼を閉じる。その拳はテーブルの下で静かに握られていた。
”次こそ成功させるよ。何より、俺のために”
私も心の中で小さく頷く。ルーナスの自信に繋がるのなら、それ以上に嬉しいことはない。
そこで、エルネスは小さく息を吸った。
「話は変わるんだけど、ちょっといいかな」
切り出しかたから察するに、重大なことを言おうとしているのだろう。頷いてみせると、エルネスの表情は少しだけ強張った。
「この町に国の視察が来るらしい。ルーナスとオーレは何を言われても言い逃れできる。でも、ソレイユ。君は目立ち過ぎる」
「銀髪だからでしょうか?」
「それもある。でも、一番大きいのは隣国から流れてきたばかりっていう事実だ」
つまり、タンベルン国の聖女の追放と私の漂着の時期が重なるから危ない、と言いたいのだろうか。言葉で言い負かせられる自信はない。
「でも、逃げるとしたら……どこへ?」
私には、三人以外には頼れる者はいない。教会へ逃げたとするなら、余計に疑われるだろう。
「狭いし暗いけど……供養庫はどうかな」
ルーナスは顎に手を当て、小さく唸り声を上げる。
「あそこは……想刻の想いが詰まった場所です。無闇に踏み込むのは気が引けます」
「精神論を言ってる場合じゃない。ソレイユの身の安全の方が大事だよ」
エルネスは若干身を乗り出し、拳を握った。しかし、納得できるわけもなく、首を横に振る。
「……やっぱり駄目です。私が許せません」
供養庫の想刻たちには、純粋に未来だけを見ていて欲しい。私なんていう邪魔が入るのは、自分自身が許せなかった。
ルーナスも険しい目を私に向ける。
「でも、ソレイユ」
「大丈夫です。能力が知られたら、その時に何とかします。この能力とは一生付き合っていかないといけませんから」
ルーナスとエルネスは神妙な表情で俯いてしまった。唯一、オーレだけが不思議そうに首を傾げている。
「じゃあ、その時だけ親子ごっこしようよ。ルーナスがお父さんで、ソレイユがお母さん」
「えっ?」
オーレの提案に、三人同時に声を上げてしまった。今まで散々、依頼人にはルーナスと夫婦に間違われてきたけれど、それを逆手に取るとは――。
ルーナスは控えめに、オーレに口を開く。
「オーレはいいのか?」
「うん。だって、遊びだもん」
オーレは笑顔で言って退ける。私を助ける手段だとはいえ、この子が傷付かないとは言い切れないのだ。
ルーナスもオーレへの気遣いは忘れない。
「つらくなったら、絶対に言うんだぞ」
「うん」
“遊びだから、そんなに心配しなくてもいいのにー”
オーレの心の声が純粋すぎて、逆に私までもが心配になってしまう。テーブルに置かれたオーレの小さな手に、私の手をそっと重ねた。
「ありがとう」
「うん!」
その手は私の手をぎゅっと握り締めてくれる。あまりにも愛おしくて、頬が動きそうになった。笑えるかと思ったものの、そう上手くはいかないようだ。
視察が三日後に来るとの噂が町中に広がっていく。告発なんて他人事の町の人たちは、お祭り騒ぎ状態らしい。ユリオン像ができたお陰だと、呑気にはしゃいでいる人もいるとオーレから聞いた。危機感を持っているのは、私たちと町長くらいなものなのだろう。
ルーナスも想刻を一時中断し、国の出方を窺っている。
「国王が来るなら俺が危ない。教会が来るならソレイユとエルネスが危ない。今回は教会が来る可能性が高いけど、官僚も一緒に来る可能性もなくはない」
ルーナスは腕を組み唇を尖らせる。
「もう、なるようにしかなりませんよ」
「そう言われてもなぁ」
“王都行きは嫌だし”
ルーナスは目を閉じ、唸り声を上げた。
私ばかりが頭を抱えているわけではない。ルーナスも、そしてエルネスも問題が山積みなのだ。
朝のコーヒーをいただきながら、頬杖をついた。
そういえば、私は大事なことを聞いていなかったのかもしれない。王都行きになるかもしれないきっかけ――想刻師についてだ。
「ルーナスは、どうして想刻師になろうと思ったんですか?」
最初は首を傾げたルーナスだったけれど、懐かしそうに目を細めた。
「それは、厄災の影響だよ」
やはりそうなのか。ルーナスはコーヒーに角砂糖を落とし入れ、スプーンで掻き混ぜる。
「厄災で亡くなった人や、厄災を苦に町を出て行った人を思い出して悲しむ人たちがいた。最初の依頼人は、エルネスなんだ」
エルネスが最初の依頼人――誰を想刻したのか、かなり気になる。しかし、それを聞いたら今の関係が壊れてしまう気がして、出かけた言葉を飲み込んだ。
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