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第14章 本物の英雄 / 第40話
少しだけ俯いていると、心の声ではなく、ルーナスの本当の声が空気に凛と響いた。
「ソレイユ、無理してない?」
はっと顔を上げると、ルーナスとオーレが眉をひそめて私を見ていた。
「ちょっと人に当たりすぎちゃったかな。でも、これくらいなら大丈夫です」
幸いにも、心の声の矢は私には向いていない。聖女時代よりもずっとマシだ。
「でも、一つだけお願いが」
「何ー?」
私が息を詰めると、オーレは首を傾げた。
「公園に着くまで、楽しい話をしよう。人の声に気を取られないように」
「分かったー!」
オーレは元気よく返事をし、私の手をぎゅっと握る。その力が、笑顔が心強くて、胸に温かな光が灯った。私は今、初めて人に恵まれているな、と感じることができている。
「来年は、もっと遠くに旅行しよう。あの山も越えて、見たことのない場所に。きっと楽しいと思うんだ」
「えー? それ、どこー?」
「外国かもしれないよ?」
「外国ー⁉」
ルーナスのもしも話に、オーレはすっかり興奮してしまったようだ。両手で拳を握り、鼻息を荒くしている。
「ソレイユも疲れない、静かな所にしよう」
「うん!」
ルーナスとオーレは来年の予定を立てると、満面の笑みで私を見た。きっと、同意を得たいのだろう。
「楽しみだね」
ワクワクする心をそのまま伝えると、オーレも大きく頷いてくれた。
そんなことを話しているうちに、どうやら公園に到着したようだ。二人の後をついてきただけなので、帰り道は分からない。大きな噴水の前に、私の身長の二倍はあろうかというほどの白い石膏の塊は置かれていた。足場や屋根も組まれていて、快適に作業できるように心配りされているようだ。
ルーナスは早速、バッグから鉛筆やノミ、金槌などを出す。あらかじめ描いてきた完成像を見ながら、石膏に印をつけていく。
公園を訪れた人は、ルーナスには声を掛けない。でも、しっかりと視線は向けられている。
“英雄像ができるんだよね? どんな感じになるんだろう”
“今日から作り始めるんだ。楽しみだな”
どれもが好奇心と好意の塊だ。屋根の影に入りながら、私とオーレはルーナスの作業を見守る。
「オーレ、遊びに行かないの?」
「こんなに大きい想刻なんて作ってるところ見たことないもん! ぼく、最後まで見てるんだー!」
どうやら、ユリオン像はオーレの心をも鷲掴みにしたらしい。とりあえず、公園の椅子を三つお借りし、日陰まで運んだ。オーレを座らせ、水筒の水を飲ませる。
「ちゃんと、喉が渇く前に水を飲むんだよ」
「分かったー」
オーレから水筒を受け取ると、ルーナスにも別の水筒を手渡す。
「ソレイユ、ありがとう」
「いえ、私にできることはこれくらいですから」
ユリオン像が出来上がるまで、ルーナスもオーレも倒れさせはしない。二人の体調管理が、私の今回の仕事でもある。
夕方になり、ようやくユリオンの全体像を掴んだらしい。まだ四角い、印だけが付いた石膏を見て、ルーナスは一度だけ大きく頷く。ノミと金槌は今日は使われず、道端に転がっていた。
* * *
次の日の昼前から、本格的な彫刻作業が始まった。大胆にノミを打つ甲高い音が公園に響き渡る。そのけたたましい音に、顔をしかめる人々もいた。
“どうして、こんな街の中で彫刻なんてするんだ? うるさくてかなわないな”
“噴水の音に癒されに来たのに、台無しじゃない”
ルーナスを白い目で見る人たちは、この公園を生活圏としている人たちなのだろう。不満が出るのは理解できる。しかし、こちらも依頼された側だ。怒りの矛先をルーナスに向けるのは間違っていると思う。
口を尖らせて、道行く人を見てみる。視線が誰かと交わることはない。
「ソレイユー。今日のお昼ご飯は何ー?」
そこにオーレの声が耳に届く。
「サンドイッチだよ」
「えー? 昨日もサンドイッチだったよ?」
「お仕事の日はサンドイッチ」
「ぶー」
一日でサンドイッチに飽きてしまったのだろうか。オーレは顔をしかめて頬を膨らませる。
「おやつにポテチも持ってきてるけど」
「ポテチ⁉」
「ポテチも毎日は嫌?」
「ううん、ポテチは毎日食べたいー!」
オーレが笑顔になるので、堪らずに頭を撫でていた。やはり、子供にとっておやつは最強なのだな、と改めて感じる。
ルーナスも適度な休憩を取り、想刻は進められる。夏場ということもあり、体力の消耗は命取りだ。じりじりと上がる気温が容赦なく私たちを襲う。
「オーレ、濡れタオル首に巻くよ」
「うん!」
タオルを噴水の水に浸し、それをオーレの首に巻いた。オーレは気持ち良さそうに目を細める。
“ソレイユ、優しい”
ルーナスとオーレの心の声が重なった。私は優しいのだろうか。自分ではよく分からないし、少し恥ずかしい気分になる。暑さのせいもあるのか、頬が熱を帯びていく。
私も濡れタオルを首に巻き、頬にも当てる。
「ルーナス、今日も夕方まで作業しますか?」
「うん。教会の礼拝の日は休みをもらってるし、午前は遅めに始めてるから」
どうやら、町長とはそういう契約らしい。仕事が始まる前に、一度だけ契約書を見せてもらったことがある。町長なりに、町の人とルーナスが軋轢を生まないように配慮してくれているらしい。
さらに七日をかけて、石膏の角は丸くなった。完成までには、まだまだ時間がかかりそうだ。
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