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第14章 本物の英雄 / 第41話
「あの……」
「ん?」
町で礼拝が行われる日の午後、リビングの椅子に座り、ルーナスとオーレの三人でクッキーを摘まみながら気になっていた話題を出してみる。
「ユリオンって、どんな人なんですか?」
町全体で想刻を行っている人なのだ。気にならない方が無理がある。
ルーナスは目を細め、懐かしむように息を吐く。
「大らかだけど豪快で、面白い人だよ」
まるで、ルーナスは親友を語るかのように誇ってみせる。私が聞きたいのは性格ではなく、何を成したかどうかだ。
「ユリオンは、結局どうやって厄災を静めたんですか?」
「……植樹したり、ガスの排気口を作ったり、誰もやりがらないような危険な作業をしたんだ」
ルーナスは窓の外へと視線を遣る。その先には鬱蒼と茂る森しか見えない。さらに奥の山へと、ルーナスは思いを馳せているのだろう。
「ユリオンは剣を持って戦った英雄じゃない。でも、俺にとっては最後まで自然と戦い抜いた誇り高い英雄だよ」
自然に一人で立ち向かうなんて、並大抵の人ができることではない。
“ユリオンに会いたいな”
小さなルーナスの呟きが、彼の空白の心を表しているかのようだ。
ユリオンは剣を持って戦った英雄ではない。その言葉を体現するように、公園の石像は出来上がっていく。ユリオンが携えているのは、小さな木の苗――言われなければ、英雄だとは思えないだろう。
公園で石像を見上げる人たちの中にも、派手さのなさに落胆した表情を浮かべる人がいた。
“英雄像っていうから、剣を掲げた勇者でも作るのかと思ったのに。全然違うじゃないか”
“時間をかけて作ってた割に……地味だな”
こんな心の声を向けてくる人は、厄災当時のことを知らないのだろう。
一方で、きちんと評価をしてくれる人もいる。
“あの時、町を駆け回ってた英雄様にそっくり”
“素朴でなかなかいいじゃないか”
直にユリオンの姿を見ていたのだろう。表情も柔らかい人が多い。
その雑踏の中に、町長の姿があった。足場の上で作業するルーナスを見上げ、目を細める。
「ルーナス。順調か?」
「あっ、町長。あとは目入れだけです」
「作業開始から二ヶ月か。本当によく頑張ってくれたな」
「その言葉は完成した時に」
二人は笑い合い、ユリオン像に目を移す。
私も以前はタンベルン国に石像を彫られたことがあった。もちろん、聖女としてだ。崇められたのは最初だけで、国を追われる頃には石を投げつけている人を見かけたことすらある。
その石像は、今はもう取り壊されているだろう。どうか、ユリオン像の瞳は永遠に平和を映していて欲しいと願って止まない。
「そのうち、隣に『へっぽこ英雄』の石像も頼むかもしれないな」
「いや、それは流石にやめてください……!」
町長は口を大きく開けて笑うけれど、ルーナスは必死だ。ノミと金槌を落としそうになりながら、両手をブンブンと振る。
「冗談だよ、冗談」
「笑えませんって……」
ルーナスは意気消沈したように、がくりと肩を落とした。それを見て、町長は満足そうに口角を上げる。
「完成したら、盛大に祝おう。その時が、この町の新たなスタートになるだろうからね」
「……はい」
ルーナスは口を引き締め、再びユリオン像と向き合う。ノミを打つ甲高い音が再び鳴り響く。
その隙に、町長に声を掛けてみる。
「あの、町長」
「ん? どうした?」
「教会への告発はどうなりましたか?」
その問いに、町長の目が険しくなった。
「書類は通した。教会にも、裁判所にもね。教会側が非を認めるかどうかは、まだ誰にも分からないけどな」
私の経験から言うと、教会側が非を認めることはないと思う。全てリルージュ国の聖女――グロリアに罪を擦り付けるだろう。それがいいことだとは思えないし、未来の聖女を潰しかねない。
私はただ、国のせいで傷つく聖女をこれ以上は増やして欲しくない。その一言に尽きる。
「町長は教会を告発して後悔していませんか?」
「何を後悔することがある? 私は、厄災で傷ついた町を見ている。その事実を教会は、国は認めるべきなんだ」
告発が失敗すれば、もしかすると町長は逆に捕まるかもしれない。毅然とした態度が、その心配を払拭してくれるようだった。
ユリオン像の除幕式は、町長によって盛大に執り行われることとなった。拒否したのに、ルーナスだけではなく、何故か私までもがテープカットの大役を任されている。
公園で私たちを町中の人たちが取り囲む。オーレは群衆の最前列、しかもど真ん中にいる。その瞳はしっかりとユリオン像を捉えているだろう。緊張しないと言えば嘘になる。それでも、ルーナスの緊張よりはマシだ。そう思えた。
ハサミを持って私の隣に立つルーナスは、カタカタと身体が震えている。
「お越しいただいた皆さん、今日という記念すべき日を祝おうじゃないか。英雄像を作ってくれたルーナス、助手のソレイユ、本当にありがとう」
聴衆からは拍手喝采を浴びせられる。心の声も穏やかだ。ルーナスは無理やり笑顔を作るのだけれど、口は歪んでいた。
「では、披露の時だ」
町長の合図に合わせて、紅白のテープにハサミを入れる。後ろではユリオン像にかかった青の幕が取り除かれたのだろう。布のはためく音が聞こえた。途端に聴衆の心の声はざわつき始める。
“これが英雄像? どうして木の苗なんだ?”
“思ってたのと違う……”
“あのユリオン様だ。懐かしい”
どちらかと言うと、否定的な声の方が多いだろう。
「ユリオンは厄災からこの町を救ってくれた。戦いはしなかったが、この町の立派な英雄だ」
町長はこの像に満足しているのか、声高々に誇る。
「どうか、皆もユリオンのように優しく気高い心を持ち続けてくれ」
人の心は優しくなんかない。もしかすると、このユリオン像だって時間の流れとともに建て替えられるかもしれない。英雄とは、そういうものなのだから。
でも、私はルーナスを通して、ユリオンの功績を知っている。それでいいではないか。私はこの像を見るたびに、ユリオンという人に触れるのだろう。陽炎のせいなのか、ユリオン像の口元が笑ったように見えた。
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