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第6章 心を枯らす妻 / 第17話
想刻は順調を極め、四日で仕上がった。今は青い布に覆われ、ソフィーの到着を待ち侘びている。
昼下がりを過ぎ、日は傾いていく。子供がおやつをねだる時刻になって、ようやく玄関のドアはノックされた。
「申し訳ありません、遅くなりました」
“教会に寄っていたら、こんな時間に……”
その声は確かにソフィーだった。祈りでも捧げていたのだろうか。その服は白で統一されている。
「どうぞお掛けください」
私がテーブルに促すと、ソフィーは大事そうに白いバッグを抱え、中央に置かれた布を纏う想刻に目を遣った。
“似ている……でしょうか”
ソフィーは胸に手を当て、一度、深呼吸をする。
ルーナスも作業スペースの掃除を終え、テーブルに着いた。私もその横に並ぶ。
「どうぞ、見てあげてください」
「はい……」
ソフィーはまた深呼吸をし、そっと瞼を閉じる。
“緊張するけど……でも”
そして、ゆっくりと開いた瞼は想刻を捉えた。躊躇いなく伸びた手は、布をするりと捲る。現れた想刻の顔に、ソフィーの瞳は揺れる。
「ありがとう……ございます」
涙は溢れない。心の声も聞こえない。ソフィーはこれで満足なのだろうか。分からないまま、彼女の無表情な顔を見詰める。
「お支払い、ですよね」
ソフィーはバッグをテーブルに置くと、中を弄り始めた。分厚い封筒を一つ取り出し、それをルーナスに差し出す。
「受け取ってください」
「それ、全部……ですか?」
「はい」
“えっ? 何を言ってるんだ……?”
ルーナスは狼狽え、首を横に振る。
「そんなに受け取れません」
「貴方は私の命の恩人ですから。その上、想刻もしてくださいましたし」
ソフィーも頑として譲らない。
この中身が全て紙幣なら、ログハウスがもう一軒建てられるだろう。謙遜や恐れを抱くのも納得だ。
「俺は『想刻代』をいただきたいだけですから」
「ですが……」
ソフィーは口を結ぶ。手も小さく震え始める。
ルーナスは一度だけ封筒を受け取ったものの、紙幣数枚だけを抜き取ると、残りをソフィーに押し付けた。
「これ以上は受け取れません。どうか収めてください」
ルーナスの表情は柔らかいのに、声は硬い。ソフィーも何も言えなくなったのか、無言で封筒を受け取った。
“役に立ちたかっただけなんだけど……”
「困らせてしまったようで、申し訳ありません」
「いえ、とんでもない」
ルーナスが微笑むと、ソフィーの口角も僅かに上がった。それが笑みかどうかは分からない。
「夫は、厄災の時に町を出ていってしまったんです。『必ず迎えに来る。それまで待っててくれ』って」
ソフィーは想刻の髪をさらりと撫でる。
「だから、私はいつまでも待ち続けるんです。帰ってこないって分かっていても」
それはソフィーにとって、希望のようでいて呪いに違いなかった。締めつけられる胸に、膝の上で拳を握る。
「ありがとうございました」
ソフィーは丁寧に頭を下げ、踵を返す。一瞬見えた瞳は、夕日さえ映していないようだった。
「こんなにやりがいのない想刻って……あるんでしょうか」
ソフィーには聞こえないように、ルーナスに囁いていた。
「想刻はその人を救うために作ってるわけじゃないからね。しょうがないよ」
「じゃあ、どうして続けられるんですか?」
私が首を傾げてみせると、ルーナスは木の葉の隙間から僅かに覗く空を見上げた。
「想刻は、きっと残るものがある。『あなたは今、ここにいてもいい。大丈夫』っていうメッセージがね」
今、ここにいてもいい。その言葉が、何故か私にも向けられているような気がしてしまった。じんわりと目頭が熱くなる。
「えっ? なんでソレイユが泣いてるの?」
「ルーナスが泣かせたんです」
ルーナスは自分の優しさを自覚していないところが困ってしまう。いつ、私の涙腺を刺激するか分からない。
オーレが帰ってくる頃までには泣き止もう。キッチンに向かい、冷えた濡れタオルを腫れそうな瞼に当てていた。
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