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第7章 後悔を抱える夫婦 / 第18話
私にとって、二人組の依頼人は今回が初めてだった。
いつもと変わらずに、現れた依頼人をテーブルに案内する。一息ついたところで飲み物を差し出す。そこまでは一緒だった。
「まずはお名前をお聞かせ願えますか?」
「俺はダニエルです」
「私はクロエと申します」
金髪の男性がダニエルで、茶髪の女性がクロエ――心の中でメモを取る。
「それで、彫刻の依頼はどなたの?」
「娘……なんです」
ダニエルがぽつりと言うと、クロエも視線を落とす。
“エマ……”
あまりに弱々しい心の声に、胸が詰まる。
娘――一瞬にして心がざわつく。聖女時代、子供を亡くした両親に責め立てられることはしばしばあった。その心の荒れ具合を前に、私の胸も刃を突き立てられるような痛みを感じていた。
今回は耐えられるだろうか。あまり自信はない。
「娘さんは……おいくつで?」
「六歳です」
“オーレと同い年か……。オーレを外に行かせておいてよかった”
ルーナスは口を結びながらも、スケッチブックを広げる。
“駄目だ、オーレの顔がちらつく。しっかりしろ、俺”
生みの親ではないといえ、ルーナスだって保護者なのだ。もしもオーレが、と考えるなという方が無理があるだろう。
「輪郭はどんな感じですか?」
吹っ切れない思いを引き摺りながらも、ルーナスは鉛筆を持つ。
「丸いよな?」
「うん」
ダニエルはクロエに確認を取り、顔色を窺う。一方で、クロエは無表情でスケッチブックを見詰めていた。丸形の輪郭がスケッチブックに描き出される。
「目はどうですか?」
「ちょっと垂れ気味で、まん丸い目です」
「違います」
ダニエルの答えに、クロエは真っ向から否定する。
「垂れてなんかいません。水平な目です」
この時ばかりは、ルーナスの手も止まった。目はその人の命だと言っていたのだ。違えば顔全体の出来上がりも変わってしまう。
「……クロエさん、続けてくださいますか?」
「はい」
“俺のエマの印象はどうでもいいってわけかよ……”
クロエの瞳に僅かな明かりが灯る一方で、ダニエルは苦虫を噛み潰したような顔へと変わる。これはルーナスに作戦があるに違いない。想刻師なら、ダニエルの想いを無碍にはしないはずだ。
ルーナスは先にクロエの話を全て聞き、似顔絵にしていく。スケッチブックには、こちらを見てにっこりと笑う可愛らしい少女がいた。
“俺のエマは……違うのに”
痛々しい叫びのような心の声に、思わず口を引き締めてしまう。ルーナスを呼び出してしまおうか。そう思った時に、ルーナスはスケッチブックを捲った。
「次はダニエルさんの番です。娘さんの顔について教えてください」
「え……?」
一瞬、何が起きたか分からないといった表情で、ダニエルはルーナスを見た。
「でも、俺たちが依頼したのは、娘の彫刻一つだけで……」
「いいですから」
“まさか、彫刻二つ分の金額を吹っ掛けられるわけじゃないだろうな。一つ分の貯金しかしてこなかったぞ……?”
ダニエル夫妻が貧しいのか、想刻代が高いのかは分からない。しかし、このままではルーナスが悪者にされてしまうのは目に見えている。
「ルーナス、ちょっと来てください」
気が付けば、ルーナスの腕を掴んでいた。
「えっ? うん」
そのまま二人で私の部屋へと入り込み、ドアを閉める。そして、耳に口を寄せて警告していた。
「ダニエルは想刻代を気にしています。無闇に進めるのは危険かと」
「そっか、それもそうだよな……」
“想刻代だって、安いとは言えないし”
ルーナスは顎に手を当てたけれど、すぐに笑顔に変わった。
「俺に考えがあるから。大丈夫、気にしないで」
「でも……」
「大丈夫だから」
この時、ふとテーゼの件が浮かんだ。子供だからと想刻代を安くしたのだ。今回は、まさか――。
疑問を口にする間もなく、ルーナスはダニエル夫妻の元へと急ぐ。この状態ではルーナスを問いただすこともできず、仕方なく後に続いた。
テーブルに着くと、休む間もなくルーナスは口を開く。
「ダニエルさん、クロエさん。俺の考えを聞いてください」
ルーナスの真剣な表情に、ダニエルとクロエの顔も引き締まる。
「似顔絵の出来次第になりますが、今回は想刻を二つ作りませんか?」
「でも、私たちにそんなお金は……」
「お代は一つ分で構いません」
やはりそう来たか。自分の技術を安売りするべきではない。思いを瞳に込めてルーナスを見詰めてみる。私の視線に彼も気付いたようだ。苦笑いをし、テーブルの下で手を合わせる。
“ソレイユ、ごめんって”
あまり悪びれのない言い方に、頬を膨らませそうになる。
「俺は、ただ納得のいく想刻を受け取って欲しいだけなんです。無理にとは言いませんが、どうですか?」
ルーナスの提案に、ダニエルは口をへの字に曲げ、クロエは目を細めた。
“それはそれで悪い気がするよな……。でも、本当なのか……?”
“一つの彫刻にするのは無理があるもの。想刻師さんがいいなら、ここで乗った方がいい”
またしても夫妻の意見は割れてしまったようだ。先に声を上げたのはクロエだった。
「お願いしてもいいですか?」
「クロエ……!」
“騙されてたらどうするんだ!”
ダニエルはクロエの肩に触れる。ルーナスは絶対に他人を騙すような人ではない。どうにか信じてもらえないだろうか。
「人を騙せるような性格なら、こんな森の奥で、こんなログハウスで生活はしていませんよ」
心の声を読んだ雰囲気は出さないように、何とかダニエルの心を解そうと試みる。
“それもそうか……”
ダニエルは納得してくれたようで、クロエから手をそっと離した。
「……お願いします」
ダニエルも頭を下げ、息を落とす。良かった。ほっと胸を撫で下ろし、胸に手を当てた。
「では、ダニエルさん。娘さんの似顔絵を完成させましょうか」
「はい」
ダニエルはクロエの方を気にしながらも、ぽつりぽつりとエマの表情をなぞっていく。ルーナスもその言葉を拾い、確実にエマへと変えていく。
そうして二つの似顔絵は完成した。まずはクロエが示した似顔絵を依頼人に見せる。
「可愛いな」
「うん」
少しだけ悪戯っぽさが残る笑みで、頬を突きたくなってしまう可愛さがある。
ルーナスはページを捲った。
「こっちも可愛いな」
「……うん」
こちらは朗らかさが混ざっていて、頭を撫で回してしまいたい可愛さだ。
似ているようで違う似顔絵――しっかりと二つの『エマ』が完成した。
ルーナスはスケッチブックを閉じ、依頼人に向き直る。
「想刻には、予定の倍のお時間をいただきます。それでもいいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
ダニエルとクロエは、揃って深々とお辞儀をした。
帰路につく二人を見て思う。この二人は、私たちに対して刃を向けてはこなかった。聖女の私に向ける顔とは全く違う。想刻師は純粋な温かい想いを引き出す、ある種の魔法使いなのだ。
「それにしても」
「どうかした?」
夫婦が帰った後で、テーブルを片付けながらルーナスに頬を膨らませる。
「どうして想刻代を二つ分いただかないんです? ルーナスが損をするだけです」
それを聞いて、ルーナスは苦笑いをした。
「この想刻は二つで一つ。あくまでも一つ分の価値だから、だよ」
「よく分かりません」
二つ分のお代をいただかない理由にはなっていないと思う。ルーナスはお人好しすぎる。この考えは変わらないと思っていた。
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