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第6章 心を枯らす妻 / 第16話
ルーナスが木を削る音と、オーレがけん玉で遊ぶ音が部屋に心地よく響く。私はルーナスの隣で想刻が出来上がっていく様子を眺めていた。
「ルーナス、けん玉入んないよー」
「練習すれば入るようになるよ」
「ぷぅ」
オーレはイライラし始めたのか、頬を膨らませる。怒っているのに、やはり可愛らしい。口に手を当てると、それをオーレは見逃さなかった。
「ソレイユ、ぼく真面目なんだからねー」
「分かってますよ」
頷いてみせると、何故かオーレはさらに頬を膨らませた。
“笑ったら家出するんだからねー”
『家出』という言葉に眉をひそめてみたものの、私は笑えないのだった。少しの安心と僅かな嫌悪感が胸に残る。
ルーナスは黙々と木を削っていく。
「この想刻は……上手くいくでしょうか」
ルーナスの気持ちも考えず、つい口にしてしまっていた。
「それはソフィーさんに見てもらうまで分からないよ。俺にできるのは、想刻に命を吹き込むことだけだからね」
その吹き込んだ命は芽吹くのだろうか。疑問は沸くけれど、それ以上、言葉にすることはできなかった。
「今回の木は硬めだな。順調に削れる」
ルーナスはぽつりと呟く。まるで、ソフィーの心に何も写っていないことを暗示しているかのようだ。
オーレは再びけん玉の音を響かせ始めた。音だけで、玉が皿から零れ落ちているのが分かる。それも長くは続かなかった。
「けん玉やーめた!」
けん玉はオーレの怒りの捌け口になったのか、宙を舞って床と衝突する。ルーナスはそちらに目も向けず、苦笑いをした。
「壊しても、もう作らないぞ?」
「だってー」
“つまんなーい”
子供の正直な本音に、声を荒げることはできない。それよりも今、もっと大事なことを聞いた気がする。
「あのけん玉、ルーナスが作ったんですか?」
「うん。けん玉だけじゃなくて、おもちゃ全部なんだけどね。自分の手で作った方が安心だし」
さらりと言って退けるけれど、流すことはできない。オーレの元へ行き、おもちゃ一つ一つをじっくり観察する。
「ソレイユ、どうしたのー?」
“一緒に遊びたいのかな”
オーレは無邪気に木製の剣を差し出してくれた。丁寧にやすり掛けがされており、棘なんて一つも見当たらない。感動ものだ。
「ルーナス、凄いです」
「ありがとう」
聖女時代、おもちゃの棘で手を痛めてしまった子供は大勢見てきた。医者に診せればいいのに、と思ったことは内緒だ。
それだけ、ルーナスの腕は確かなのだろう。なんだか私まで誇らしくなってくる。
「ソレイユ、騎士ごっこしよー! ぼくが聖騎士で、ソレイユが悪の騎士ね!」
「いいですよ」
剣を受け取り、身構える。
「えーい!」
しかし、オーレの剣を避けることはできず、太腿に軽くぶつかった。これは手加減
したお陰だ、と自分を慰める。
「とりゃー!」
オーレの掛け声と笑い声が、部屋の空気を温めるのだった。
* * *
次の日、目が覚めると私の太腿は痣だらけになっていた。これはオーレが笑顔になってくれた勲章だ。痣を撫でてみると、何故か心が温まる。それなのに、やはり頬は動かない。その事実が私の心を余計に冷やしていく。
ベッドの上で耳をそばだててみると、木を削る小さな音が聞こえてくる。ソフィーの想刻がどうしても気になって、ルーナスの元へと向かっていた。
「おはようございます」
「あ、おはよう」
挨拶の時だけは、想刻をしていても私の目を見てくれる。ルーナスは微笑み、また想刻へ向き直った。まだオーレの姿はない。
「順調ですか?」
「うん、順調すぎてビックリするくらいだよ。完成まで五日もかからないんじゃないかな」
それは、いいことなのだろうか。分からず、首を傾げる。
ルーナスがノミを動かす中で、ソフィーとのやり取りが思い出された。『厄災』『布マスク』――過去のルーナスに近付けるかもしれない、と思ってしまった。
「ソフィーさんと会話してた時、布マスクの話があったじゃないですか」
「うん。ソレイユも気になる?」
「はい」
頷いてみせると、ルーナスは懐かしそうに小さく笑う。
「三年前に、この町で厄災があってね。二年前に収束したんだけど……。その時に俺、布マスクを縫ってたんだ。配るのはエルネスに任せてね」
影の功労者、といったところなのだろうか。活躍していたのに目立たなかったから『へっぽこ英雄』なんて呼び名がついたのかもしれない。
「でも、エルネスが熱を出したことがあったんだ。その時だけ、俺が布マスクを配ったんだけど、まさか覚えられてるとは思わなかったな」
ルーナスは苦笑いをする。
彼は覚えられていて当然な行いをしたのだと思う。
「厄災の……原因は?」
私が尋ねてみると、ルーナスは少し言い淀んだ。私の顔を見て、そっと目を伏せる。
「聖女の加護がなくなったからだよ。近くの山が唸って、白い煙が出て、息が苦しくなって」
加護がなくなっただけで、そんな自然災害が起きるなんて。元々、加護がなかったタンベルン国にいた身としては、すんなり受け入れることはできなかった。
「ルーナスは、聖女を恨んではいないんですか?」
「そうだね。少しは恨んだ。恨んだけど……聖女だって一人の人間なんだ。ソレイユを見てたら分かる」
私の存在が、ルーナスの恨みを消したのだろうか。私が人の心をいい方向へ動かすなんて考えたことがなかったから、言葉に詰まってしまった。
「……ユリオンは、俺のことを覚えてるのかな」
呟かれたルーナスの言葉に、疑問だけが残る。振り向いたルーナスの顔は、どこか誇らしげだった。
「ユリオンはね、この町を救った『本物の英雄』だよ」
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