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第2章 名ばかりの英雄 / 第5話
布団を日光に晒したお陰で埃っぽさも感じず、ふかふかとした感触に包まれることができた。私が起きるとルーナスとオーレの笑い声が聞こえてきて、心が温まると同時に寝坊してしまった申し訳なさが込み上げる。
部屋を出ると、咄嗟に頭を下げた。
「寝坊しちゃって……ごめんなさい」
“ソレイユ、なんで謝ってるのー?”
オーレの心の声に、はっと顔を上げる。二人は遊んでいた積み木を片手に、動きを止めていた。
「寝たいだけ寝ていいんですよ。誰も気にしませんから。な、オーレ」
「うん! ぼくだっていっぱい寝るもん!」
「寝る子は育つもんな」
「えへへー」
ルーナスはオーレの頭を優しく撫でる。それに応えるように、オーレは溢れんばかりの笑顔へと変わった。
「すぐ朝食の準備をします」
「今日はトーストだけでいいですよ。急に色々やるのは大変でしょう」
「でも……」
「ぼくもトースト食べたい!」
反論する機会をオーレが奪ってしまった。
“ハムエッグは明日お願いしようー”
オーレの純粋な心に、きっと明日は願いを叶えてあげようと軽く拳を作った。
トーストとイチゴジャムだけの質素な食事を摂ると、ルーナスは彫刻と向き合い始める。その間にオーレは一人でログハウスを飛び出してしまった。
“町で遊んでこよー!”
声をかける間もない。手をドアの方に伸ばすと、部屋の片隅からルーナスの笑い声が聞こえた。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
そうは言っても、町の中は荒んだ心で満ちている。心配せずにはいられない。
「少し俺の仕事ぶりを見てみませんか?」
私の気持ちを切り替えるように、ルーナスは彫刻とノミを持ちながらにこっと笑う。
興味を持たないはずがない。ゆっくりとルーナスの元に歩み寄り、隣に腰を下ろした。
「これも、いなくなってしまった誰か、ですか?」
「そうですよ。今回は子供からの依頼です」
子供からの依頼なんて、仕事に見合った代金はもらえないだろうに。ルーナスはいい意味でも悪い意味でもお人好し、なのだろう。
ノミが木を削る音と、木屑が床に散る音だけが響く。ルーナスの心の声も聞こえない。そんな時に、無遠慮に玄関のドアが開いたのだ。
振り向いてみると、肩までの銀髪に、灰色の瞳の青年が佇んでいた。まるで氷のような美しさ――彼の無機質な表情に、思わず見惚れてしまった。
「ルーナス。遊びに来てやったぞ」
「ああ、エルネス。今、仕事中なのは分かるだろ?」
“面倒くさいのが来た……”
若干の違和感が心に引っかかる。その正体を探す前に、エルネスは口を開く。
「教会にいても暇なんだよ。この町に懺悔しに来るやつなんて、そうそういないからな」
「だからって、俺の邪魔するなよ」
ルーナスが苦笑いすると、エルネスもルーナスの側に腰を下ろした。
「……ん? そこの女性は?」
「ああ、ソレイユっていうんだ。俺の仕事の手伝いをしてくれることになった」
「ふーん」
エルネスは興味なさ気に私を見ると、すぐに彫刻へと視線を落とす。
ここで、ようやく違和感の正体に気付いた。エルネスの心の声が全く聞こえないのだ。
私がいくらエルネスを見詰めようともエルネスの心の声は聞こえないし、視線も交わらない。手にはしっとりと汗が滲んでいく。
“ソレイユ、大丈夫かな”
ルーナスの瞳がこちらを向いた。エルネスの前では答えるわけにもいかず、ただ視線を落とす。
「今回の依頼人、子供なんだろ? 安請け合いなんてやめちまえよ」
エルネスが私の気持ちを代弁する。しかし、ルーナスは眉をひそめて吐息をついた。
「大事な人を失くしたのには変わらない。想いに優劣はないんだ」
そう言って退ける。ルーナスはこの仕事に誇りを持っているのだ。並大抵の人たちが言える言葉ではない。はっきりと尊敬の念が私の心に芽生えた瞬間だった。
「……ま、俺はお前が野垂れようとどうでもいいんだけどな。でも、オーレの将来のことはちゃんと考えてやれよ」
「分かってるって」
ここで、ふとした疑問がよぎった。オーレはルーナスの実の子供なのだろうか。そうだとしたら、ルーナスも忘れられない別れを体験していることになる。
「オーレは……ルーナスと血が繋がってるんですか?」
ルーナスは手を止めず、軽く首を横に振る。
「血は繋がってません。あの子は、俺が無理やり引き取ったんです」
「本当に変わり者でしょ? ルーナスって」
エルネスは嘲笑気味に肩をすくめた。
変わり者だとは思うけれど、悪い意味ではない。驚くほど素直で、底しれぬ優しさで溢れている。私が首を振ってみせると、エルネスは口をへの字に曲げた。
「……ソレイユって、笑わないんだな」
「訳ありだから、それ以上は」
“エルネスが不躾で、申し訳ありません”
ルーナスが謝ることではない。心の中で『とんでもありません』と呟き、ルーナスの仕事に見入っていた。
胸が冷えるのを感じながら、エルネスの瞳を見る。やはり彼の視線はこちらを向かない。心にできた真っ暗な穴が、私を掻き乱していくようだった。
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