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第2章 名ばかりの英雄 / 第4話
無意識のうちにルーナスから視線を逸らしてしまった。その先にはオーレの寝顔がある。可愛い顔をして『へっぽこ』だなんて少し残酷なことを言うな、と口に手を当てた。
「その呼び名には満足してるんですか?」
「『英雄』ですか?」
「『へっぽこ』の方です」
私も遠慮もなく言ってしまった。ルーナスは苦笑いをし、頭に手を当てる。
「それが事実なので。受け入れるしかないんですよ」
“本当は『英雄』も『へっぽこ』も嫌だけど。……あっ”
心の声が聞こえることを忘れていたのだろうか。ルーナスはしまったと言わんばかりに、小さな笑い声を上げた。
「そういえば……ルーナスはどうやって生計を立ててるんですか? 木こり?」
私が首を傾げると、ルーナスはこくりと頷いた。
「木こりもその一環で。俺は木の彫刻師なんです」
この家に招かれて、ふと目に入った彫刻を思い出す。温かくて素朴で、それでいて繊細で――なんとも形容しがたい重みがあの彫刻からは感じられた。
「私も頼めば彫ってくれるんですか?」
「……ソレイユは、去ってしまった大切な人が心の中にいますか?」
問われ、思い返してみる。家族には心の声が読めるだけで『気持ち悪い』と敬遠された。心を通わせた友人も、恋人も私にはいない。聖女時代だって、私を都合よく扱おうとする者しか現れなかった。
「私には……いません」
「そうですか」
ルーナスは小さく息を吐き、そっと目を細めた。
「リビングに置いてあった彫刻を見ましたよね? ああやって想いを形に残す想刻師をしているんです」
想刻師――聞き慣れない言葉に首を傾げる。大切な人がいない私にとっては、理解できない仕事だ。首を振り、小さく唸り声を上げる。
「そんなに難しく考える必要なんてないですよ」
「私には、忘れたい人しかいなくて……」
「あっ……。すみません」
ルーナスは謝罪すると、何かを考え始めたようだ。
“依頼人が涙を流す瞬間を見たら……ソレイユの中の何かが変わるかもしれない”
ルーナスは一度だけ口を引くと、力強い目で私を見る。
「ソレイユ。俺の仕事を手伝ってくれませんか?」
「えっ?」
「言葉にはできない、依頼人の想い……きっと、ソレイユなら掬えると思うんです」
突然の申し出に、視線が左右を彷徨ってしまった。人の愛情というものを知らないのに。否定の言葉が浮かんでくる。
「私に……できるんでしょうか」
「心の声が聞ける『貴女だからこそ』できるんです」
ルーナスはあどけない表情を見せた後、ウインクしてみせる。
自信を持てたわけではない。でも、ここに置いてもらっているのに、頼まれた仕事を断るわけにもいかないだろう。依頼人の心の声を聞き続けるのは怖い。それでも、私にしかできないのなら――。
「じゃあ……やってみます。やらせてください」
気付いた時には頭を下げていた。
「意気込みすぎないで。合わなかったら、すぐにやめていいんです。気楽にいきましょう」
私が頷いてみせると、ルーナスは口角を上げる。
「次に、貴女のことについて質問させてください」
「はい……」
ついに来たか。覚悟を決めて、拳を握る。
「聖女じゃなくなった理由を聞いても?」
ルーナスは私の目を見ながら、慎重に言葉を選んでいるように思えた。
「私は心の声が聞けても……加護がないんです」
「えっ?」
「私には他人を癒す力なんて全くなくて……ただ怒号を受けていただけでした」
思い出すだけで涙が溢れそうになる。私に対する希望、羨望、嫉妬、何も叶えてくれない恨み――全てが私の胸に刃を突き立てた。
“申し訳ないことを聞いてしまったな……”
ルーナスは伏し目がちに口をへの字に結ぶ。
「とんでもありません。貴方みたいに、優しい心の声を聞いたのは久しぶりなんです」
お世辞でもなんでもない。純粋に、ルーナスやオーレには毒気がないと思うのだ。
「ちょっと安心しました。答えたくないことは、遠慮なく言ってください」
「はい」
頷いてみせると、ルーナスは小さく笑い声を上げる。
「国に帰ることはできるんですか?」
「……いいえ」
帰れば殺されるであろうことは伝えなくてもいい。ただ事実を淡々と答えていく。
「家族は?」
「絶縁しました」
“目だけじゃない。境遇もちょっとだけオーレに似てる”
ルーナスは顎に手を当て、何度か瞬きをした。
「……答えてくださってありがとうございます。ソレイユも今日は疲れたでしょう。今日は休んでください」
「はい……」
思ったよりも呆気なく、質問は終わった。私の心を配慮してくれたのだろうか。ルーナスの瞳を見詰めても、穏やかな微笑みが返ってくるだけだった。
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