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第13章 傷を抱えるオーレ / 第38話
次の日は目覚まし時計をセットした甲斐もあって、夜明け前に起床できた。眠そうなオーレの手を取り、ルーナスと三人で外に出る。眼下は霧で覆われており、幻想的だ。夏なのに空気もひんやりとしていて、身が引き締まる。
「ルーナス」
オーレは目を擦りながら呟いた。
「ぼくはルーナスとソレイユに何がしてあげられるかなぁ」
「急にどうした?」
戸惑うようにルーナスは笑い、オーレと視線を合わせる。
「ぼく、想刻もできないし、料理もできないもん」
「子供がそんなことを言うものじゃないぞ?」
きっと、オーレは子供なりに存在意義を見出そうとしている。ポチャのことがあったから、余計に考えてしまうのだろう。
「オーレは私たちの傍にいてくれれば、それでいいんだよ」
私も膝を折り、オーレと目を合わせる。
「でも、ぼく……」
「怒ってもいいし、泣いたっていい。でも、一日の最後は私たちに笑顔を見せてくれれば、私たちは安心できるから」
自分が笑えないのに、こんなことを言うなんて狡いと思われるかもしれない。しかし、オーレの笑顔は私にとって何にも代えがたい安らぎなのだ。
オーレは納得していないようで、霧に目を落とす。所々に白い雲が浮かぶ淡い薄紫の空は、一気に光を灯す。太陽の端が現れたのだ。三人で横一列に並び直し、空を見上げた。
「オーレ、これが朝焼けだよ。綺麗だろ?」
「……うん。すごく綺麗」
かくいう私は、無言で色の移ろいを眺めていた。空の色は薄紫からピンクへ、そして黄色へと変わっていく。
朝焼けをしっかりと脳裏に収め、宿へと戻る。朝食をいただき、少し休憩をしてから再び林道へと入った。登りよりも下りの方が、足は疲れるらしい。花たちを見る余裕は私にはなく、震える足で身体を支え続ける。三人でハイキングの余韻に浸りながら馬車に乗り込むと、オーレはすぐに夢の世界へと行ってしまった。オーレは私の足に頭を預け、穏やかな寝息を立てている。
「可愛い」
オーレの金の髪をさらりと撫でてみる。ルーナスも小さく笑った。
「本当に可愛いね」
「あの……」
オーレが眠っているからこそ、話題にできる。以前、ベティが言っていたことが引っかかって仕方がなかったのだ。
「オーレのご両親は?」
本当に娼婦の捨て子なのだろうか。もしそうであったとしても、オーレが可愛いことには変わりない。ただ、引き取りに来る可能性も完全にないわけではないと思うのだ。
「……オーレを教会に置き去りにして、町を捨てた。偶然そこに居合わせた俺が引き取ることにしたけど……そうじゃなかったら孤児院送りにされてただろうね」
ルーナスの目は怒りに震えていて、拳も握られている。その言葉が真実なのだろう。
「だから、エルネスもオーレの心配を?」
「それだけが原因ではないだろうけど、責任は感じてると思う」
そうか、オーレを取り巻いている状況は何となく整理することができた。後は核心を聞くのみだ。
「もし、オーレのご両親が、オーレを引き取りに来たらどうするつもりですか?」
私が口にすると、ルーナスは軽く頭を振り、表情を硬くする。
「選択はオーレに任せる。俺だって、手放したくないけど……親を選ぶ権利はオーレにあるから」
それは逃げのように見えて、ルーナスなりの選択なのだろう。この子の成長をいつまでも眺めてたいな、と自分勝手な願いを抱いてしまうのだった。
* * *
翌日から、ルーナスはポチャの想刻に取り掛かった。まっすぐで短い毛、ぴんと立った耳と尻尾、大きくて丸い瞳――絵を見ただけでも愛らしくて賢そうな犬であることが伝わってくる。絵が完成した時には、オーレは目を輝かせて喜んだものだ。
「ポチャだー!」
記憶が形になるのは、酷く嬉しいのだろう。今までの依頼人を見ていても伝わってきたけれど、オーレが一番、鮮烈だった。
何と言っても、心の声が騒がしい。
“可愛いー! 抱っこしたいー! 一緒に遊びたいー!”
願望が駄々洩れだ。
彫刻の作業に移っても、オーレはルーナスの傍を離れようとはしなかった。その大きな瞳でポチャが形になっていく様子を見守り続ける。
「オーレ、ここに来てから犬を飼いたくなったことはない?」
少しだけ気になってしまい、オーレに聞いてみた。しかし、オーレは即答する。
「ないよ!」
清々しいほどの言い切りっぷりだ。
「どうして?」
「だって、ポチャが一番だもん。次の子が可哀想になっちゃう」
そういう考え方もあるのか。一人で納得していると、ルーナスがほっとを吐き出した。
“ここは人の出入りが激しいから。オーレがそう思っててくれてよかった”
そうか、不特定多数の人物が出入りするから、犬を飼いたくても飼えないのだ。犬のストレスにも繋がってしまう。
余計なことを聞いてしまったのかもしれない。口に手を当て、少し反省をする。
そうして五日後、ポチャの想刻は完成した。ルーナスは両目に一粒ずつダイヤをあしらうと、遠目で確認する。
「うん、できたよ」
オーレはルーナスの隣で、口を開けながらポチャを見る。その小さな両手に、ルーナスはしっかりとポチャを収めた。
「ポチャ……!」
オーレは頬を赤く染め、ぎゅっとポチャを抱き締める。涙は流さず、現実を受け止めているようだ。
“ポチャ、大好きだよ”
その声が、痛いほどに優しく聞こえた。
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