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第6章 心を枯らす妻 / 第15話
今回の依頼人は、私に少し似ていた。
よく晴れた昼下がりに、その女性は現れた。
「失礼いたします」
透き通った声がオーレのいないリビングに響く。長い金髪にモスグリーンの瞳――一見華やかそうではあるその人の心は、今までの依頼人とは違っていた。
“あまり期待はしてないけど、ないよりは……”
ルーナスの想刻に対して『ないよりは』なんて。今までの彼の仕事ぶりを見ていた私は納得がいかず、拳を握る。
「そこにお掛けになってください」
「はい……」
真摯に対応するルーナスに、女性は会釈をした。生気もなく、椅子に腰掛けるとただテーブルを見詰める。
しかし、彼女も依頼人だ。アイスコーヒーを用意し、淡々とテーブルに並べた。
「ありがとうございます」
礼をする彼女に、私も小さく頭を下げる。
挨拶も早々に、話は仕事の内容へと移っていった。
「早速ですが、貴女のお名前は?」
「私は、ソフィーです」
「ソフィーさんですね」
ルーナスは何度か小さく頷き、女性――ソフィーの顔を見る。
「どなたの想刻をご所望ですか?」
「夫……なんです」
“もう帰ってくるとは思えない。だけど……”
ソフィーは悲しげな瞳をテーブルに落とした。ルーナスはスケッチブックを広げ、そっと微笑んでみせる。
「顔は覚えていらっしゃいますか?」
「はい。私が言うのも何ですけど、整った顔立ちの人でした」
ソフィーの言葉に、どこか違和感を覚える。そうだ、夫のことを過去形で話すのだ。以前の依頼人が嫌がっていた過去形で。
あまり瞬きもせず、ソフィーは淡々と言葉を並べる。
「輪郭はベース型で、目は丸くて優しかったです」
説明を受け、ルーナスは鉛筆で輪郭と目を描いていく。芯の削れる音が心地いい。
「鼻はどうですか?」
「筋が通ってて、鷲鼻、でしたね」
そして、もう一つの違和感に気付く。心の声が極端に少ないのだ。大切な人が形になっていくのだから、感じるものがないなんておかしい。それなのに。
「口は?」
「大きいですけど、唇は薄かったです。右側に笑いボクロがありました」
心の迷いがない、と言えば簡単なのだろう。しかし、完成があまりにも早すぎる。
ルーナスはスケッチブックをソフィーに掲げ、出来上がりを見せる。
「違和感があれば言ってくださいね」
「いえ、夫の顔、そのままです」
「そうですか」
ソフィーの表情は一切変わらない。これまでの依頼人は、似顔絵が完成した喜びなり、安堵なり、心に響くものがあった。ソフィーの場合はそれどころか、不満や悲しみの感情すらないのだ。
自分では確信が持てないのか、ルーナスは似顔絵を自分に向けてじっくりと眺めた。
“本当に違和感はないのか……?”
「ソレイユ、少しいいかな」
「はい」
ルーナスは私を自身の部屋に呼び、そっとドアを締める。ふと、ルーナスの表情に焦りが見えたようだった。
「ソフィーさん、本当にあの似顔絵に満足してる?」
満足しているかどうかは私にも分からない。小さく唸り声を上げ、口を開く。
「心の声がほとんど聞こえないんです」
「聞こえない?」
ルーナスの疑問に頷いてみせる。
「絶望……って言うんでしょうか。全く聞こえないわけじゃないんです。でも、似顔絵に対しては何も感じてないようでした」
「うーん」
“このまま進めるしかないか……”
ルーナスはなんとか自分を納得させ、にこっと微笑んでくれた。
「ソレイユ、ありがとう。戻ろうか」
「はい」
今回は私の能力が役に立つ場面はないかもしれない。申し訳なく思いながらも、ルーナスに続いて元の席に戻った。
「あの」
思い切って口を開いてみたけれど、貴女は旦那さんを愛していましたか、なんて聞けない。
「コーヒーのおかわりいりますか?」
当たり障りのない言葉しか投げかけられなかった。ソフィーは軽く首を振る。
「いえ、大丈夫です」
“そういえば”
ソフィーはルーナスの顔を見て、小さく首を傾げた。
「あの、貴方は……」
「どうしました?」
ソフィーの瞳はルーナスに一瞬の光を抱いたようだった。
「厄災の時に、私に布マスクをくれた、あの方ですか? 記憶が曖昧で、違っていたら申し訳ないんですけれど」
ルーナスは頭に手を当て、苦笑いをする。
「そんなこともしてましたね。あはは……」
“あの時の俺のことを覚えてる人、エルネス以外にいたんだ”
その頬は僅かに赤くなっていく。
「今はそんなお仕事をなさってるんですね」
「元々、彫刻師でしたから」
“そろそろ俺の話、終わってくれないかな”
ルーナスがソフィーを嫌になる前に、私がなんとかしなくては。
「今日は雲が重いので、夕立ちが降るかもしれません。当たる前に、お帰りになった方がいいでしょう」
咄嗟に思いつき、ソフィーに投げかけていた。
「その似顔絵で、木彫りはしていただけそうですか?」
「はい。責任を持って彫らせていただきますね」
ルーナスの自信がありそうな答えに、ソフィーは立ち上がる。
「よろしくお願いいたします」
そして、深々と礼をした。
雲が空を覆い始めた頃、ソフィーは獣道へと入る。その背中を、ルーナスと二人で見詰めていた。
「想刻で、少しでもソフィーさんの心に明かりが灯ればいいんだけど」
そっと囁かれたルーナスの言葉に、しっかりと頷いてみせた。
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