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第9章 悲劇の親子 / 第26話
五日後の午前、予告通りに想刻は完成した。にこやかに笑うその男の子は、あの夫婦にとってどんな存在だったのだろう。笑顔が苦しく見えてならない。
「ソレイユ、そんな顔で依頼人を迎えちゃ駄目だよ」
「分かってます。でも……この想刻は本当に求められてるのでしょうか」
「大丈夫だよ。じゃないと、依頼なんてしないからね」
ルーナスに肩を叩かれても、真顔に戻ることはできなかった。
数分も経たずにドアはノックされ、あの二人は晴れ晴れとしない表情で現れる。一応、挨拶はしっかりとしてくれた。
「失礼しますわ」
ジュディは膝を折り、ドレスを摘まむ。その横でイアンも腰を折った。ジュディは息つく暇もなく、ルーナスに尋ねる。
「それで、想刻は出来上がっていますの?」
「はい。すぐに用意しますので」
“粗相がないようにしないと”
ルーナスは慌てて部屋の隅に走り寄り、青い布に包まれた想刻を抱き上げる。それをテーブルまで持っていくと、そっと置いた。しんとした部屋に、木のぶつかる音だけが響く。
「捲っていただいて大丈夫ですよ」
夫婦は揃って口を結ぶ。無言のまま手を伸ばしたのはジュディだった。イアンの様子を確かめることもなく、するりと布を取る。
想刻の表情を見た夫婦は、はっと息を呑み込んだ。
“これは……シリルだ!”
夫婦の心の声が重なる。ジュディの瞳が一瞬だけ潤んで見えたけれど、涙は一粒も落ちなかった。
“庶民に涙なんて見せられない”
ジュディはハンカチを取り出し、そっと口を押える。もしかして、気丈に振る舞っているのは貴族のプライドのせい、なのだろうか。そんなに崇高なプライドは持ち合わせていないので、本当のところは分からないままだけれど。
「喜んでいただけましたか?」
「ええ」
ルーナスの問いかけにも、ジュディはつんと澄ましたままだ。イアンの表情も変わらない。
心の声が聞けたからこそ、そんなにも気丈に振る舞う理由を知りたくなってしまった。逃げてはいけないと思ってしまった。
「どうして息子さんはお亡くなりに?」
恐る恐る、口を開いてみる。イアンは目を伏せ、ジュディは口を曲げた。
「それは教えなくてはいけないことなのですか?」
「……いえ、そういうわけではないのですが、想刻を見届けた者として気になるのです」
イアンは咳ばらいをし、ちらりとジュディを見遣る。
“せっかく彫刻を完成させてくれたんだ。少しくらい、いいだろう”
「……馬車の事故です」
そっと囁かれた声に、ジュディは目を丸くした。
「あなた、本当のことを言わなくても……」
「この人はシリルにもう一度会わせてくれたんだ」
イアンの落ち着いた声に、ジュディは肩を落とす。
「息子たちはあの日、買い物に行ったんです。道に飛び出した兄を庇って、シリルは……。もしかすると、あの子は私たちが兄ばかり可愛がっていたのを気に病んでいたのかもしれません」
貴族は長男の世襲制だから、仕方のないことなのかもしれない。でも、シリルにとっては仕方ないでは済まされないことだったのだろう。愛情を欲しながら亡くなったかもしれない事実に、胸が苦しくなってしまう。
「お二人はシリルくんを愛していらっしゃいましたか?」
「愛していたに決まっています」
“たぶん……”
ジュディの苦しそうな心の声に、さらに胸が押し潰されそうになってしまった。
代金をしっかりと受け取り、夫婦を見送る。庶民と同じ金額しか請求しなかったのは、ルーナスらしいなと思ってしまった。
「今回のことは、仲の良い方たちに周知させていただきます」
「これから、また仕事が増えるでしょうな」
ルーナスの仕事を気に入ってくれたのは嬉しい。しかし、さらに仕事を増やされてはルーナスが休める時間が減ってしまう。これは喜んでいいことなのだろうか。
ルーナスは苦笑いをし、頭を掻く。
「できればそれは、控えていただきたいのですが……」
「謙遜はいけませんぞ」
“謙遜してるわけじゃないんだけどな”
イアンの呑気な回答に、ルーナスは肩を落とした。
「それでは、ごきげんよう」
丁寧な挨拶をし、夫婦はログハウスを出る。獣道を歩く浮いた二人の姿は、どこか泣いているようでもあった。
ルーナスは夫婦を見詰めながら、ほっと息を吐く。
「俺、貴族に生まれなくてよかったな」
「どうしてです?」
目を細めるルーナスに、首を傾げてみる。
「自分の子供ですら、ちゃんと愛せない人間にはなりたくないから」
ルーナスの意見は合っているようで、少し間違っている。自分の子供を愛せないのは貴族だけではない。庶民の中にだって、そういう人はいる。幼少期にも、聖女時代にも学んだ事実だった。
でも、口にするのも間違っている気がする。このまま勘違いしていた方が幸せかもしれないからだ。
その数日後、オーレの口から聞いた。町中で泣いている貴族を見たのだと。
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