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第10章 厄災を憎む妹 / 第27話
その依頼人の女性の言葉は、ルーナスの心を止めた。
「貴方たちも、ずっとこの町に住んでいらっしゃるんですか?」
挨拶を経てからの、依頼人の第一声はそれだった。テーブルに着いて絹のような長い黒髪を撫でながら、依頼人は私とルーナスの顔を交互に見る。
「俺はこの町の出身ですよ」
「私は最近、こちらに来たばかりです」
「そうですか……」
“じゃあ、この男の人なら、私の気持ちを分かってくれるかもしれない”
依頼人はすっとルーナスの瞳を見た。
「『厄災』のことはご存知ですよね」
依頼人の言葉にルーナスは目を瞬かせ、口を引き締める。
“何の話をするんだろう”
さらにルーナスの顔から笑みが消え、喉仏が動いた。
依頼人はルーナスを見詰めたまま、そっと口を開く。
「今回依頼したいのは、その厄災で亡くなった姉なんです」
“そういうことか……。俺に共感してもらいたいのかな”
「まずは、貴女のお名前を聞いても?」
「あっ、すみません。ベティと言います」
依頼人――ベティは頬に長い睫毛の影を落とし、小さくお辞儀をした。
「お姉さんは?」
「ダリアです」
今回は、ルーナスも真っ先にスケッチブックを広げようとはしない。まずはベティの話を聞いてあげようという算段なのだろう。自分からは話し出さずに、ベティの様子を窺っている。
ベティはテーブルの上で強く拳を握った。
「もう少し、英雄様の判断が早ければ、救えた命なんです」
“えっ?”
ルーナスは声には出さず、心の中で驚きを見せる。
「聖女様が逃走しなければ、英雄様がもっと先を見通してくれていれば……そう思わなかった日はありません」
“口に出さないと、やっていられない”
ベティの言い分は分かる。それにしても他人のせいにし過ぎではないだろうか。
疑問には思うけれど、言葉が喉に詰まって口には出せなかった。人間は、元より他人任せな生き物なのだから。
「今でも、二人を憎んでいるんですか?」
ルーナスが震える声を振り絞ると、ベティは小さく頷いた。
「憎んでいないと言えば、嘘になります」
「そうですか……」
“厄災の時に、すぐに動けなかったのは俺も同じだ。ごめん、ユリオン。責任を押し付けてしまって”
ルーナスは英雄に詫びを入れる。でも、謝ることではない。これは私の想像でしかないのだけれど、厄災が起きた時は誰もが自分のことだけで必死だっただろう。この国の聖女はともかく、ただ目立っていたからと言って憎まれるのは理不尽でしかない。それでも、そうしないとベティはここに立つこともできないのだろう。
ルーナスが沈む前に、私が空気を変えなくては。
「……想刻はどうしますか? 依頼されますか?」
「はい。そのために来たんですから」
私が確認すると、ベティは力強く頷いた。そこでルーナスもようやくスケッチブックを広げる。
「お姉さんの顔を確認しますね。輪郭はどんな感じですか?」
「逆三角です。とても整った顔立ちで――」
ルーナスはベティの証言を絵に変えていく。そうして出来上がったのは、ベティによく似た似顔絵だった。違いと言えば、左の目元の泣きボクロくらいだろうか。
「よく双子と間違われたんです。あれから三年……私も姉と同じ歳になってしまいました」
ベティはしみじみと言い、儚く笑う。
「やっぱり姉を奪った人たちを、厄災を許すことはできないでしょう」
その瞳は憎しみではなく諦めを抱いているようで、どう声を掛けていいのか分からなかった。
ベティを見送った後、ルーナスと向かい合ってテーブルに着く。珍しく、ルーナスは想刻に手を着けようとはしなかった。
「まさか、ユリオンを憎んでる人がいたなんて……」
“あんなに一人で厄災に立ち向かってくれたのに”
ルーナスは呟くと、唇を噛む。
「一人じゃないですよ。ルーナスも、エルネスも傍にいたんでしょ?」
「そうだけど……」
「それだけで、ユリオンさんは心強かったと思います。それに」
私が言いかけると、ルーナスは小さく首を傾げた。
「ユリオンさんは憎まれるのも分かってたと思います。人の前に立つって、そういうことですから」
人の前に立てば、名前が独り歩きし始める。何か行動を起こせば、それを羨ましく思う人もいる。誰かが称賛すれば、誰かは妬みごとを言う。英雄だって悪人だって、変わりはない。
それを覚悟もなしにやっていたのなら、英雄なんて言われる前に町から姿を消していただろう。
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