読み込み中...
読み込み中...
第12章 過去に縋る国王 / 第33話
権力を前にしても、人間であることに変わりはない。次の依頼人は、そんな言葉を体現しているような人物だった。
ルーナスは一通の手紙を前に、身体を震わせる。
「俺が……こんな依頼を、受けられるのか……?」
見たことがないルーナスの怯えた表情に、私の身体にも力が入る。
「誰からの依頼ですか?」
私が疑問を口にしても、ルーナスはすぐには答えない。テーブルに手紙を置いて、その場に立ち尽くす。
「……国王陛下だよ」
「えっ?」
冗談かと思った。ルーナスがいくら腕が立つとは言っても、ここは国の辺境の地だ。国王ほどの人がルーナスを見出せるとは思えなかったのだ。
ルーナスの心は激しく揺れる。
“俺は……どうしたらいい? どうすべきなんだ?”
葛藤が消えることはない。
「ルーナス、怖いのー?」
オーレも遊ぶ手を止めて、ルーナスに近寄っていく。オーレはルーナスの手を取ったと思うと私の手も取り、二つの手を繋げた。
「ぼくとソレイユはルーナスの味方だよ!」
この子は凄いことをやって退ける。私でさえ口出しを躊躇ってしまうのに、いとも簡単にルーナスの心を繋ぎとめてしまう。ルーナスは繋がっていない手でオーレの頭を撫で、笑ってみせる。
「そうだな。こんなところで躓いてちゃ駄目なんだよな、きっと」
“オーレとソレイユの暮らしは、俺が支えていかなくちゃいけない。たぶん、これも人生の試練の一つなんだろう”
ルーナスは決して驕ることはなく、今は静観して自分を見ている。これがルーナスの強い部分だろう。
「とりあえず、話だけは聞いてみる。ソレイユ、今回も頼むよ」
「はい」
ルーナスが決意したのなら、私は支えるだけだ。繋がった手にもう片方の手も乗せてみる。ルーナスは僅かに頬を赤らめ、そっと微笑んだ。その光景を見て、オーレも太陽のように笑うのだった。
三日後、依頼人はやってきた。と言っても、国王本人ではない。正式な書状を持った、国王側近の騎士だ。ローランと同じ騎士服を身に着け、一つに纏めた焦げ茶の髪を揺らしながら、重々しい空気を纏ってその人はテーブルに着いた。
「こちらが依頼状です」
騎士は白い封筒をルーナスの前にすっと置く。ルーナスは恐る恐る書状を取ると、震える指で赤い封蝋を剥がした。私も一緒に書状を覗き込み、依頼内容を確認する。
* * *
ルーナス・ピアニッソ殿へ
貴殿のことは、フィルミラー侯爵夫妻――イアンとジュディから聞いている。私も貴殿の彫刻を拝見したが、実に丁寧な仕事をされているな。そこで、私も貴殿に頼みたい、と思った次第だ。
貴殿には、我が娘、アイリーンの彫刻をしてもらいたいのだ。貴殿が知っている通り、娘は他国に嫁に行ってしまってな。これまで同様には会えない立場となってしまった。
政略結婚の駒にした私が言えたことではないが、娘には愛情を注いできた。どうか、私の元に娘の名残を置かせてもらいたい。
肖像画ではなく、貴殿の想刻がいいのだ。頼んだぞ。
ケルヴィン・リルージュより
* * *
「ソレイユ、読み終わった?」
「はい」
私が頷くと、ルーナスはゆっくりと便箋を封筒の中へと収めた。どこか冴えない表情だ。
“似顔絵はどうする? 陛下がここにいないんじゃ、陛下の心の中の王女殿下を形にはできないし”
そうか、そうだった。騎士が目の前にいるので、錯覚してしまった。本当の依頼人はここにはいない。それなら、どうやって王女の顔を確認するのだろう。
ルーナスは今一度、騎士をまっすぐに見る。
「すみません、貴方のお名前を伺っても?」
「はい、ブレットと申します」
「……申し訳ありませんが、私は陛下に直接、王女殿下の顔の形を伺うことができません。俺のポリシーに反するため、この依頼はまたの機会に、ということはできませんか?」
「いえ、その必要はありません。その時のために私が来たんです」
騎士――ブレットは咳ばらいをし、懐からもう一通の封筒を取り出す。渡されたルーナスは中を確認して「あっ」と声を上げた。
「その絵は国王陛下がアイリーン殿下を想って自ら描かれた似顔絵です。ルーナス殿は彫刻の際に、依頼人の証言の元に似顔絵を描くとの情報は仕入れていましたので」
私もルーナスの手の中にあるその絵を覗いてみる。歪で、あまりにも描き慣れていない、それなのに愛情のこもった似顔絵がそこにはあった。
これではルーナスが断る口実もなくなったというものだ。ルーナスは口を曲げつつも、丁寧に言葉を並べていく。
「この絵のまま彫刻してしまうと……あまりにも独創的な想刻になってしまうかと」
「ルーナス殿なりに描き直してもらって構わない、とのことです。不明な部分があれば、私もアイリーン殿下のお顔は覚えていますので」
一度は唸り声を上げたルーナスだったけれど、心の中で『それなら』と呟いた。スケッチブックを広げ、いつものように鉛筆を握る。
「なるべく、ブレットさんの声は入れないようにします。本当に困ったら、お願いするかもしれませんけれど」
ルーナスは一呼吸置き、国王直筆の似顔絵との睨めっこを始めた。非対称的になってしまっている輪郭を正し、凛とした吊り目を描く。鼻は筋が通っており、口は小さい。えくぼが印象的だ。可愛いというよりは美しい。まだ少しだけ幼さの残る王女の出来だ。あの似顔絵から、よくここまで描けたな、と私までもが感心してしまう。描写中は、ブレットも心の中で『おお!』だとか『そんな感じです』と合の手を入れるのみだった。
「私が見ていたアイリーン殿下より幼いですが、これが陛下のアイリーン殿下なのでしょう」
ブレットも似顔絵の完成を見届け、胸に手を当てて息を吐く。
「どうか、よろしくお願いいたします」
「はい、かしこまりました」
頭を下げるブレットに、ルーナスも会釈をする。
「最初はどうなるかと思ったけど、この調子ならいけるかもしれない」
どうやら、ルーナスは自信を付けたようだ。下手に反対しなくてよかった。後でオーレにも感謝を伝えなくては。
それと同時に、ちょっとした疑問が過る。
国王は聖女の存在をどう思っているのだろう。愛娘と同じように、駒としてでも愛情を持ってくれているのだろうか。ルーナスが想刻の作業を始めても、問いは大きくなっていくばかりだった。
この話はいかがでしたか?
この作品を評価する