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第11章 聖女を追う騎士 / 第32話
エルネスと話ができたのは、オーレが寝静まってからのことだ。三人でテーブルに座り、なんとなくオレンジジュースを飲む。
「なあ、エルネス」
ルーナスが空気を戻すように口を開く。
「心の声が聞こえない原因に心当たりはないのか?」
「全くない」
エルネスの即答に、ルーナスは「うーん」と唸り声を上げる。
エルネスは眉をひそめ、小さく吐息をついた。
「親もいないんじゃ、血縁も辿れないし」
「教会に伝承は残ってないのか?」
「伝承か……」
ルーナスの疑問に、エルネスは目を細める。
「残ってる文献を調べる価値はあるのかもしれないな」
これは私のためではなく、エルネス自身のためなのだろう。自分が何者なのか、知りたくなって当然だ。
「あの……」
エルネスの瞳をまっすぐ見る勇気は持てず、彼の胸元に視線を落とす。
「どうした?」
「エルネスは、私を王都教会に突き出したり……しますか?」
私の今の一番の不安を、ようやく口にすることができた。それなのに、エルネスはぷっと吹き出して笑う。
「そんなことする人間に見える? ずいぶん信頼されてないな」
「だって、エルネスは何を考えてるのか、私には全く分からないから」
「まあ、そうなるか」
エルネスは何度か頷き、にこっと笑った。
「絶対にそんなことはしない。笑えなくなったのだって、教会にいいように扱われてたからだろ?」
「そう……ですけど……」
まるで、私の過去を知っているかのような口ぶりだ。私が心を覗く側ではなく、覗かれる側に立っているのではないかと感じてしまう。
「他人の幸せを壊すような無粋な真似はしないよ」
素直に喜んでいいのだろうか。本当に信じていいのだろうか。胸に手を当て、高鳴る心臓を押さえ付ける。
「エルネスって、いい人なんですね」
「……今更?」
エルネスは冷笑し、そっと目を逸らす。今だけはエルネスの考えが分かる。きっと、本当に信用されてなかったんだな、とか、気付いてくれたならまあいいか、などと考えているのだろう。ルーナスも私たちのやり取りを笑いながら聞いてくれていた。
この日は深夜まで三人で談笑していた。私の能力を知っても、こうして受け入れてくれる人がいる。そう思うだけで心に温かな明かりが灯る。安心感からか、布団に入ると数分で眠りの世界へと落ちていった。
* * *
ルーナスの心の乱れを表すかのように、三日間ほど嵐が続いた。エルネスの足止めも続く。雨風が打ち付ける音を聞きながら、ルーナスは想刻に対峙する。断った方がいいのだろうか、と悩んだ様子の時もあった。しかし、四日目には空は姿を現し、目を残して想刻は出来上がった。
五日目の午前、想刻の仕上げに入る。目は一番、私も緊張のする箇所だ。ここでミスをすれば最初からやり直しになってしまう。
慎重にノミを動かして、似顔絵通りに仕上げていく。円らな目がくり抜かれ、ダイヤで最後の仕上げもなされた。
ローランが姿を見せたのは、その日の午後だ。オーレが遊びに行った後、見計らったようにドアはノックされた。
「お邪魔します」
騎士服に身を包んだローランは、私の元護衛をも連想させる。でも、私を見るその目は明らかに違うのだ。元護衛は腫れものでも扱うような瞳を私に向けていた。
「想刻、できていますよ」
「ありがとうございます」
テーブルの上で鎮座する青い布を纏った想刻を前に、ローランは一度お辞儀をする。胸に手を当て、想刻も守る対象として扱っているように。
三人で席に座ると、ローランは息を詰めた。
「お顔を拝見しても?」
「はい。大丈夫ですよ」
ルーナスの許可を得ると、ローランは震える手を想刻に伸ばす。布を捲ると、その目は見開かれた。
“グロリア様……。私は、貴女をずっとお慕いし続けます……”
控えめな心が聞こえたものの、声は出さない。というよりも、ローラン自身がそれ以上の言葉を見つけられない様子だ、と言った方が正しいだろうか。
「お代、お支払いします」
ローランは懐から茶封筒を取り出すと、ルーナスに手渡した。ルーナスは中身を確かめ、そっと瞼を閉じる。
「確かに」
珍しく、ルーナスの顔には微笑みの欠片すら宿ってはいなかった。
ローランが去った後、ルーナスはテーブルに突っ伏した。
「こんなに無気力になる引き渡しは始めてだよ」
“聖女の事情さえ知らなければ、平常心でいられたのに”
そのままの状態で、大きく息を吐き出す。
私はタンベルン国に捨てられた。グロリアはリルージュ国を捨てた。能力が違うだけで、こんなにも環境が変わるなんて。私はグロリアが羨ましくて仕方がない。
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