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第3章 親を待つ男の子 / 第8話
五つの夜を越え、ルーナスの彫刻は完成した。テーブルの上で青い布に包まれたまま鎮座している。
そして、その時を迎えた。
「あの……」
“できた……かな”
テーゼがこそっとドアの隙間から顔を覗かせる。
「待ってたよ。おいで」
「うん……」
その足取りは怯えているようにゆっくりだ。五日前と同じようにテーゼはルーナスの向かいに腰を下ろし、小さく吐息をついた。
“似てると……いいな”
心の声とは裏腹に、青い目は彫刻の方を向いていない。
“怖いよ……”
テーゼの小さく震える声に、またしても手を差し伸べたくなる。
「自分で見る? それともお兄ちゃんが布を取ろうか?」
「……自分でやる」
私が思ったよりも、テーゼは弱くはないらしい。小さな手を前に伸ばし、布を手繰り寄せる。
“えい!”
心の中で弾みをつけると、まずは母親の彫刻が露わとなった。
“この前と違う? 目も……似てる。しかも、目の中が光ってる”
瞳孔のことだろうか。私からは彫刻の顔は見えないので、想像する以外にはない。
続けてテーゼはもう一つの彫刻に被さる布も捲っていく。
“……お父さんだ。この目はお父さんだ!”
テーゼは二つ並んだ彫刻をそろそろと近付ける。小気味の良い木の音が響くと、二つの彫刻は肩を寄せ合う。じわじわとテーゼの瞳は潤んでいく。
“どうしよう……。凄く嬉しい……!”
瞬きをするたびに雫は零れ、柔らかそうな頬を濡らしていく。
「喜んでくれたかな」
「うん……。うん……!」
ついにテーゼは両手で顔を覆ってしまった。まっすぐに見ていられず、そっと目を伏せる。
「ジュースでも持ってきますね」
いたたまれず、そっと席を立つ。泣けば喉も乾くだろうから、大きめのコップに用意してあげよう。引き出しの中からマグカップを取り出し、並々と注ぐ。
それらをトレイに乗せ、踵を返した。ルーナスはテーゼの頭を愛おしそうに撫でている。
「これで、僕、お父さんとお母さんをいつまでも待てる……。お兄ちゃん、ありがとう」
「うん」
ルーナスが頷いたところで、テーゼにコップを差し出した。
「これ、美味しいよ」
「ありがとう……」
テーゼは慌てて両手で顔を拭い、コップを受け取った。それなのに、口を付けようとはしない。
“嬉しいけど、ジュースまでもらえない……”
またしても、私はやらかしてしまったのだろうか。ルーナスにマグカップを渡しながら、下唇を噛んだ。私が座る間もなく、テーゼはポケットをまさぐり始める。
“お金を払わなくちゃ。えっと、五百シリン”
その金額に、思わず声を出しそうになった。五百シリンなんて、チョコレートが二つ買えるほどの金額なのだ。
テーゼの間違いではないだろうか。息を呑んでその行方を見守る。テーゼが五百シリン硬貨を差し出すと、ルーナスはにっこりと笑った。
「ちょっきりだね。ありがとう」
「うん!」
まさか、こんなにも格安で依頼を受けていたなんて。エルネスが呆れるのにも頷ける。
テーゼは椅子から降りると、彫刻に布をかけ直す。それを両手に抱え、にっこりと笑った。
「お兄ちゃん、また来てもいい?」
「もちろんだよ」
“次はお父さんとお母さんも連れてくるんだ!”
ルーナスと二人でテーゼを玄関まで見送り、そっとドアを開ける。そこには、テーゼの叔母であろう女性が佇んでいた。
「ありがとうございました」
女性は感情を込めることもなく、さらりと言う。その目はちらりとも彫刻を見ようとはしない。
「テーゼ、行くよ」
“変な噂を立てられても嫌だし”
「うん。お兄ちゃん、お姉ちゃん、またね!」
テーゼは少しだけ名残惜しそうに振り返る。
“お姉ちゃんはもっと笑ったら可愛いのにな”
二発目の言葉のナイフが胸に突き刺さる。私が可愛くないことくらい、言われなくても分かっているのだ。ルーナスとオーレが私をここに留めていてくれるのが不思議なほどに。
やはり子供は嫌いだ。ドアが外の風景を完全に遮断すると、私はその場にしゃがみ込んでしまった。
「ソレイユ、大丈夫ですか?」
「たぶん」
その言葉には似合わず、視界は歪んでいる。
「大丈夫じゃないでしょう。ほら」
少し呆れた声とともに、ルーナスはすっと手を差し伸べてくる。それを無意識に取っていた。
部屋に戻ると、少しだけ広く感じた。テーゼが座っていた椅子は斜めに置かれ、手つかずのマグカップが寂しそうにこちらを眺めている。
“次の依頼人も待ってるし、明日は木を切りにいかないと、かな”
ルーナスはドアの方を見遣り、小さく息を吐く。
「休まないんですか?」
「あっ」
ルーナスは苦笑いをし、頭を掻いた。
「仕事、何故か半年先まで埋まってるんです」
「えっ?」
仕事が軌道に乗っているのはいいことだ。でも、そんなに根を詰めてしまってはルーナスが倒れてしまう。
「明日は休みましょう。木を切るのも、ノミを握るのも禁止です」
「えっ」
ルーナスはぽかんと口を開ける。これはもう決まったことだ。そう訴えるように、じっとルーナスの顔を見詰めるのだった。
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